今回が初出ではない曲は "I've Gotta Right to Sing the Blues," "Nice Work if You Can Get It," "Fine Romance," "Everything I Have Is Yours" であるが、特に前者3曲は久しぶりの吹き込みであり、事実上新曲と変わるところがない。そしてどの曲も、前日にトリオによる入念なリハーサルが施されていることも注目に値する。おそらくこの日ビリーとグランツの意気込みは相当なものであったのではないだろうか。
特筆すべき曲としては6曲目の "Please Don't Talk about Me"。「私がいなくなってから、あれこれ陰口叩かないで」という内容の歌で、ビリーの人生や死後と重ね合わせていろいろ詮索できるが、そういうのは意味がなくて、この演奏そのものがすばらしい。この曲の原メロディーは出だしから上昇下降の音型がはっきりしていて、プリーズの「プ」アバウトの「ア」、アイムの「ア」を山として上がったり下がったりするのであるが、ビリーはここで再びメロディーの動きを簡素化し、変わってリズムに彩をつけていく。まさにビリー・ホリデイ的瞬間である。特に、ソロが終わってから歌うワンコーラスは圧巻で、"Listen!"という間投詞の絶妙なタイミング、"if you can say anything real nice" を叩きつけていく下り、サビのメロディーとリズムの改変、そして"Makes no difference" に入るまでの、気の遠くなるような3拍半のタメ、どこをとってもビリー・ホリデイでしかなしえない名唱である。間のソロも、構成力と力強さのベニー・カーター、モダンな感覚のバニー・ケッセル、同時代を共有していたハリー・エディソンの名演が光っている。私は、この演奏を後期におけるベストの一つとして、前期の "Me, Myself and I" に匹敵しうるものだと考えている。もちろんジャズ的興味からの観点ではあるが。そして彼女はこの曲を気に入ったようで、これ以降何度か吹き込みをしていて、最晩年のロンドン公演で歌う映像も残されている。
10曲目の "I've Gotta Right to Sing the Blues" は'39年4月29日の「コモドアセッション」つまり「奇妙な果実」の吹き込みと同じ日のセッション以来16年ぶりの吹き込み。この歌が形式としてのブルースではないことについては以前に述べたが、それでもブルースフィーリングを感じさせるとも指摘した。今回の吹き込みは、バックのエディソンの熱演も手伝ってさらにブルース度が上がっていて、とてもできがよい。
ラテンリズムで演奏される15曲目の "I Get Kick out of You" はビリーの歌とそれに絡むハリーのオブリガートもすばらしいが、そのあとに出てくるベニー・カーターのソロが抜群で驚異的ですらある。プレモダンのアルト(つまりパーカー以前のアルト)ソロとしては1,2を争う名演。後半の歌に対するハリーのオブリガートはちょいとやり過ぎ:P
1. Say It Isn't So
2. I've Got My Love To Keep Me Warm
3. I Wished On The Moon
4. Always
5. Everything Happens To Me
6. Do Nothin' Till You Hear From Me
7. Ain't Misbehavin'
8. Trav'lin' Light
9. I Must Have That Man!
10. Some Other Spring
11. Lady Sings The Blues
12. Strange Fruit
13. God Bless The Child
14. Good Morning Heartache
15. No Good Man
16. Rehearsal For God Bless The Child
3曲目の "I Wished on the Moon" はブランスウィック・セッション以来の実に20年を経ての吹き込み。ヴァースから歌い始め、ゆったりとした4ビートに乗って昔を思い出すかのようにしっとりと歌う。中間に聞かれるピアノソロはビリー・テイラー。4曲目 "Always" のクラリネットソロは極めてモダンなテイストを持ったトニーの真骨頂である。5曲目、マット・デニス作の "Everything Happens to Me" はジャズの大スタンダードだが、ビリーにとっては初吹きこみ。「○○すれば必ず××する」式の非常にコミカルな歌詞を持った歌で、プロデューサーのノーマン・グランツが「ビリーにトライさせた歌」の一つかもしれない。楽器のソロを挟んでの後半、サビから入ってくるビリーの展開は往年の輝きを感じさせ、かなり言葉が詰まった歌詞であるにもかかわらず、当意即妙に崩している。5曲目の "Do Nothing till You Hear from Me" はいわゆるエリントン・ナンバーで、彼女にとっては10年ぶりの吹きこみ。あまりテンポを上げられなかったのか、シェーヴァースのソロになるといわゆる「倍テンポ」が設定されている。 ”Ain't Misbehavin'" (浮気はやめた)はファッツ・ウォーラーの曲でサッチモが大ヒットさせたスタンダード。意外なことにビリーはこれが初吹きこみ。しかしこれは吹込みの機会がなかっただけで、普段から歌っていた曲であろう。後半のアドリブは圧倒的である。
8曲目からは’56年のセッション。 "Travelin' Light" は手慣れた曲で、解釈が「結晶化した」歌。9曲目の "I Must Have That Man" は最初 "He's Funny That Way" かと思った。10曲目の "Some Other Spring" は実にしみじみとした解釈で、このアルバムでもベストに入るトラックである。11曲目でタイトルトラックともなった "Lady Sings the Blues" はこれが初吹きこみ。というより、自伝『奇妙な果実』(原題 Lady Sings the Blues) のタイアップ曲。私は昔からこの『自伝』と題されたセンセーショナル本が嫌いで、どうして嫌いなのかアニー・ロスやカーメン・マクレエの証言を聞いて腑に落ちた経験がある。彼女の音楽の魅力と釣り合っていないのである。訳も尊敬する油井先生ではあるが、なんか変な言い回しも多い。はっきり言って、この本を読んで感動したという人はジャズのレベルでも文学のレベルでも信用できない。そしてこの演奏であるが、タイアップ曲らしく非常に大げさでうるさく、まったくジャズとはかけ離れたトランペットのハイノートが曲の冒頭に配されていて腹立たしい(笑)。次の "Strange Fruit" もタイアップ色が強いもので、同じようにわざとらしいトランペットのイントロダクションが施されている。こういうこけおどしの演奏に騙されてはいけない。むしろこの日のセッションの本当の成果は13曲目の "God Bless the Child" である。おなじみのものではあるが、テンポ設定やバックの演奏がツボを得たもので、同曲としてはベストな出来を示している。14-15曲目も大傑作とは呼べないものの平均以上の出来を示している。そしてこの原因はソロこそ取らせてもらえなかったものの、バックで確実なサポートをしているウィントン・ケリーの参加による部分が大きのではないかと密かに思っている。
パーカーのアドリブラインをそのままサックスのソリで演奏するというユニークなバンドがスーパーサックスである。私はNHK-FMの『ウィークエンドジャズ』という番組でパーカーの "April in Paris" に続いて、彼らの同曲が流れたのを聞いて印象に残っている。オリジナルレコードに聞こえるパーカーのラインは音が悪いのが原因で聞き取りづらい。まして初心者では「なんか遠くのほうでめまぐるしくフレーズが回転している」としか思えない時がある。まあ慣れてくれば大丈夫なのだが。
4曲目の "Moose the Mooche" はダイアル盤のソロではなくて『ロックランドパレス』のソロだと思う。アドリブの冒頭でドボルザークのユーモレスクを引用している。私はギターで「酒バラ」をやる時、アドリブラインのエンディングにユーモレスクを持ってきて遊んだりする。5曲目 "Star Eyes" はヴァーヴのセッションだが『スウェディッシュ・シュナップス』のバージョンではなくて『ジャズ・パレニアル』に入っていたバージョン。イントロの違いですぐ分かる。6曲目の "Be-Bop" はダイヤルにおける「ラバーマンセッション」からのものではなく、ロイヤルルースト・セッションのテイクのアドリブライン。7曲目 ”Repetition" 8曲目 "Night in Tunisia" は演奏も多く、ただいま捜索中。9曲目 "Oh, Lady Be Good" は、レスターのソロをパーカーが徹底的にコピーしたことで有名な曲。初期の演奏にはレスターの痕跡が残っているが、ここではまったくのオリジナルなのでJATPのテイクだと思う。最後の "Hot House"。アドリブ冒頭の1コーラスはミュージクラフトのセッションだが、残りのコーラスは不明。途中元歌である "What Is This Thing Called Love" のフレーズが出てきたりして、おそらくいくつかのアドリブをつなげたものであろう。
トランペットのジョー・ニューマンはApril in Paris, Basie in Londonを含むベイシー中期の大傑作に参加しているトランペッター。マイルスとはまた違う鋭くてすばしこい感じのミュートプレイが得意な人物である。テナーのクィニシェットは以前にも触れたように、レスター・ヤングそっくりのため「副大統領」というあだ名を付けられたほどレスター派の人物。リズム隊に関してはわざわざ解説するまでもない名人たちである。
1曲目の "My Man"。よく使う表現だがこれも完全に「結晶化」した歌であり、デッカの頃とほとんど変わらない解釈で歌われている。ヴァースの部分ではクィニシェットが、コーラスの部分ではジョーがそれぞれオブリガートを付けている。ヴァースの最後にリタルダンドがかけられている点が特色といえば特色。明暗のはっきり分けられた音色のオブリガートと、このリタルダンドによってヴァース部分の絶望的な世界と、コーラス部分の諦観を含みつつの明るい世界観が対比される。2曲目の "Lover, Come Back to Me" も何度か吹き込まれているが、ここでの演奏は明確な4ビートに裏打ちされてモダンな響きを持った歌い方になっている。テンポはかなり速め。コモドア盤の様に、前進的なオン・ビートではなくオフ・ビートの伴奏だが、少しせかせかした感じになってビリー特有の崩しは減っている。ラストはテンポを落としたブルース処理。3曲目の "Stormy Weather"といえば美しきリナ・ホーンのメリハリの利いた歌い方が思い出されるが、ビリーのほうはけだるい感じで、ブルース・フィーリングをたたえながら歌っている。ジョーがオブリガートを付けているが、共に歌い共に泣く感じがベッシーとジョー・スミスのコラボを思い起こさせる。4曲目の "Yesterdays"もコモドアの再演となり、こちらはラバカンとは違ってコモドアとテンポがほとんど一緒。2コーラス目でテンポを上げるところも忠実に再現していてビリーの声のかすれとバックの4ビートがなければ、コモドアの別テイクと思うほど、、、とは言いすぎかな 😛
5曲目の "He's Funny That Way" もこれまたコモドアやコロムビアの再演であり、故大和明先生はこの曲のコモドア盤を彼女の最高傑作のひとつに数えられている。本盤ではヴァースから歌い始め、テンポも程よい。そして最後の "I've got the man, crazy for me"のところを思い切り上げて全盛時代を髣髴とさせる歌いぶりである。6曲目の "I Can't Face the Music" はこの日のラスト・レコーディングで、ブルース風に処理しながらクィニシェット、ニューマンのオブリガートに支えられて歌い上げている。個人的にはこのトラックが一番好きだ。
7. How Deep Is the Ocean?
8. What a Little Moonlight Can Do
9. I Cried for You
10. Love Me or Leave Me
11. P.S. I Love You
12. Too Marvelous for Words
13. Softly
14. I Thought About You
15. Willow Weep for Me
16. Stormy Blues
7曲目からは54年のスタジオレコーディング。7-9は54年4月14日レコーディング。メンバーは、トランペットにチャーリー・シェイヴァーズ、ワンホーンである。リズム隊はオスカーPのピアノにハーブ・エリス(g)、レイ・ブラウン(b)、エド・ショーネシー(ds)。
"How Deep Is the Ocean" はミディアム・テンポで歌われかなりモダンなテイストが利いた作品。そしてビリー不朽の傑作 "What a Little Moonlight Can Do" の再演。57年のようなエンディング処理はほどこされていないが、アップテンポに乗ったレディーの快唱が聴かれる。同じくビリー、そしてジャズ史上に聳え立つ "I Cried for You"。初演の当時はジャズ・レコードとしては驚異的な売り上げを記録した一曲である。最初は比較的スローなテンポで入って1コーラス歌い、2コーラス目はテンポをあげて歌っているが、うーむ初演ほどの感動はないかな。
10曲目の "Love Me, Or Leave Me" はコロムビア時代にも吹き込んだスタンダード。またこのコード進行を利用して作られたのが「バードランドの子守唄」ということでも有名な曲である。ここでのビリーはコロムビア盤よりもモダンな感覚で、やはりポスト・「ララバイ」的な感じがする。11曲目はこの時期のビリーとしては出色のバラード。西海岸風の良くいえば淡白なリズム・サポートを得てしっとりと歌っている。オブリガートのスイーツやウィリーも「よく分かっている」感じで控えめ。次の "Marvelous for Words" はライブで危惧したように歌い流している感じが気になる。2コーラス歌うのだが、後半特に驚くべきアドリブや彼女特有の崩しが施されていないからだ。アレンジがしっかりしてそうなので、その縛りがきつかったのかもしれない。13曲目は冒頭の情熱的なウィリーのソロも魅力な1曲。つぶやくようなレディーの歌が光るテイク。14曲目の "I Thought about You" も同様にしっとりとしたつぶやくような歌い方で聞かせる曲である。15曲目の "Willow Weep for Me" はブルースではないものの7thを強調したブルース感覚の強い一曲。この一曲は個人的に、なんというのかこの歌を吹いたり歌ったりする時のメートル原器になっているテイクである。16曲目 "Stormy Blues" は冒頭スミスのアルト、ハミルトンのブラシ+スネアも魅力的なブルース。「ブルースを歌うレディー」というインチキ・キャッチフレーズを付けられながら、その実吹き込んだブルースの数は非常に少ないビリーの貴重なブルースである。
1-8曲目は件の初吹き込みセッション。メンバーはレディー・デイのほかチャーリー・シェイヴァーズ(tp)、フィリップ・フィリップス(ts)、オスカー・ピーターソン(p)、バーニー・ケッセル(g)、レイ・ブラウン(b)、アルヴィン・ストーラー(ds)。もうモダンジャズ体制ですね、完全な4ビートです。
1曲目 "East of the Sun" はシェイヴァーズの印象的なイントロからレディーは「そっとやさしく」入ってきます。レスター風のフィリップスによるオブリガートを背景に語り掛けるように歌う歌は絶品で、このセッションの成功を暗示しています。シェイヴァーズのソロを挟んで、再びビリーの歌(とフィリップスのオブリガート)。続く2曲目の "Blue Moon" はオスカーPのイントロから、彼のオブリガートを受けてビリーが歌います。フィリップスとシェイヴァーズのソロも好演。しなやかなフィリップスと鋭いシェイヴァーズの対比が見事です。ビリーのサビにおける低唱がすばらしく、レチタティーヴォを飛び越えてほとんど語っているような歌いぶりなのに音楽になっているのは、彼女の持つビート感覚が卓越したものだからでしょう。これはすばらしいトラックです。
3曲目の "You Go to My Head" はソロ回しのない歌のみのトラック。時おり声の限界で音程が揺れそうになって不自然なビブラートをかけますが、気にならない程度です。4曲目 "You Turned the Table on Me" はベニー・グッドマン楽団をバックにヘレン・ウォードが歌った歌で有名ですが、邦題は「私に頼むわ」・・・って、これ日本語として自然ですかね?「私に頼んで」なら分かるけれど・・・実際そんな意味ではなく、「あなたは私の上手を行く、あなたは私を負かす、私はあなたのとりこ」というような内容です。イメージとして勝気な女性が、かつては「愛されていることに満足して」自分が上だと思っていたけれど、いつしか、自分こそが相手の虜になっていることに気づいた、そんな感じです。ヘレン・ウォードのバージョンはその勝気な部分をうまく演出して、ちょっとはすっぱな感じで歌っているのに対して、ビリーは虜になってしまっていることに気づいた部分を強調して歌っているのが特徴です。ビリーのうまさは "You turned the tables on me" の部分では低唱を生かしたはすっぱな感じでドスを効かせるのとは対照的に "And now I'm falling for you" の部分では高域と滑らかなフレイジングを強調して「もうだめ」って感じを出している部分です。結局、彼女は自分が何を歌っているのか、知り尽くしている、比類なき解釈をしているわけです。
5曲目 "Easy to Love" はバックミュージシャンがもろにパーカーの影響を受けたかのようなバップのフレーズを繰り出していながら、ビリーが違和感なくそこに溶け込んでいる点で特筆に価します。彼女自身はビバップをやらなかったもののそれでもバップの持つモダニティーを共有していたことが再確認できるトラックです。 "These Foolish Things" は、かつてコロムビアに吹き込んだことのある曲ですが、ここでは大胆に解釈を変え、レスターのテナーのような歌い方になっています。味わいが濃いトラックです。
7曲目の "I Only Have Eyes for You" はスイングテンポで歌われ、フィリップスやシェイヴァーズのソロも光るトラック。まるでブランスウィック時代に戻ったかのようです。8曲目の "Solitude" はコロムビア、デッカに続いて、ここでも吹き込まれます。この曲もビリーの解釈は結晶化したようなところがあって、ほとんど最初の吹込みから揺らいでいません。実にすばらしい、ナミダモノの演奏です。
9曲目からは上のセッションの数日後に吹き込まれたトラックで、やはり4月の下旬といわれています。9曲目の "Everything I Have Is Yours" ではフィリップ・フィリップスがレスター張りのプレイでオブリガートに、ソロにと大活躍しています。10曲目の "Love for Sale" はオスカーとのデュエット。タイトルから分かるとおり、これは売春を歌ったものです。この曲の有名なものとしてはジョー・スタッフォードの自信に満ちた、むしろ開き直ったかのような高らかなトランペットスタイルの解釈が有名ですが、ここでのビリーは、思い切りテンポを落としルバートを使いながらレチタティーヴォで語りかけるように歌っています。時おり音程に不安な感じが出るものの感動的な名唱です。このセッションのハイライトだと思います。11曲目の Moonglow" は一般的なテンポ設定よりも速めのテンポで、シェイヴァーズのオブリガートをバックにスイングしながら歌っています。12曲目は "Tenderly"。ちょいと歌い流している感じかな?
バックが4ビートになったというのはビリーにとっては少しマイナスなことで、本来ビリーの自由な歌い方は隙間の多い「ブンチャ」の2ビートでこそ発揮される性質のものです。ヴァーヴ時代に聴かれる「チンチキ」の4ビートだとこの隙間が埋められてしまい、ビリーの自由が制約されてしまっています。しかし時代は50年代。いったい誰が「ブンチャブンチャ」の2ビートを喜ぶでしょうか?それに4ビートとはいえ、 "Please Don't Talk about Me When I'm Gone" といった新しいレパートリーでは自由闊達にメロディーを組み替えていて、一概にこれがマイナスになったとは言い切れないように思います。そしてバックミュージシャンのはつらつたる4ビートのソロと共に、新生ビリー・ホリデイの姿がここには聴かれるわけです。
このブログではオリジナルフォーマットにこだわらず、現在入所可能なトラックをうまく振り分けた形でヴァーヴ時代のビリーを紹介していきたいと思います。その第1回目は Jazz at the Philharmonic: The Billie Holiday Story, Vol. 1 ですが、このアルバムからして面倒くさい。このジャケットは以前に邦題『ビリー・ホリデイの魂』というタイトルで発売されたアルバムと同一のものです。違いは色のみ。今回のアルバムが緑なのに対して、LP時代のそれは肌色でした。イラストはデイヴィッド・ストーン・マーチン。ヴァーヴに数々の名ジャケを残しているイラストレーターです。素っ裸の女性がベッドの上で泣き伏せていて、傍らには毛皮のコート、そして電話の受話器。右下にあるのはコカコーラの瓶でしょうか?このLP盤は名盤の一つで、A面に1945-46年のJATP (Jazz at the Philharmonic) コンサートにビリーがゲスト出演した時のトラックを配し、B面にはヴァーヴに移籍したあとのスタジオ録音を配したものでした。これを聴くと全盛時代(1946)のレディーの声と衰退期のそれとを対比して聴けるし、段々考えていくとB面を聴いていることのほうが多かったりして、なかなか巧みな編集がなされていました。
いっぽう今日紹介するCDは1946年のJATPコンサートからのトラック+αに加えて、1957年吹き込みの Ella Fitzgerald and Billie Holiday at Newport アルバムからビリーのトラックを抜粋したもの、そして未発表テイクや The Seven Ages of Jazz というライブ録音から取ったトラックのコンピになっています。つまり、ライブ集。ノーマン・グランツとの正式な契約は'52年を待たなければなりませんでしたが、それ以前にも彼の組織したJATPというコンサートバンドに客演していたため、'45-'47年のコンサートが収められているわけです。
1曲目の "Body and Soul" から11曲目の "He's Funny That Way" までが旧盤におけるA面ですが、3曲目の "I Cried for You" 4曲目 "Fine and Mellow" 5曲目の "He's Funny That Way" は新たに加えられたテイクです。この中で特に聴くべきトラックは8曲目の "All of Me" で、コロムビアでレスターやテディーとやったヴァージョンとはテンポも演出もまったく異なり、比較的アップテンポでぐんぐん進んでいきます。このトラックは以前岸本加代子が出ていた森永ココアのCMに使われていたので印象深い1曲です。また10曲目の "Travelin' Light" はレイドバックしたテンポで語りかけるように歌われていて心にしみてきます。タイトル「身軽な旅」とは男性と別れた生活のことです。このようにここで聴かれるトラックは押しなべて「男に捨てられて哀れな私」をテーマにしたもので、テンポも一様でこの時期のビリーの姿勢「歌いなれた歌を歌いなれた方法で歌っていく」に終始しているという弱点も見られます。
20-26曲目は彼女にとってヴァーヴでの最後のアルバムとなる Ella Fitzgerald and Billie Holiday at Newport からのトラックで'57年7月6日のライブ録音。しかし驚くのはその音質で、上記'40年代のライブ録音がお世辞にもすばらしいとは言いがたいのに対して、こちらのライブ録音は拍手さえなければスタジオ録音と間違うほどのものです。声のほうは相当に苦しそうで、雑誌『ダウンビート』も「語りかけるような歌い方で、彼女の弱々しくしわがれた声がステージセットの間を震えている」と評していますが、私にはそれほど悪いものだとは思えません。選曲においてもテンポにバリエーションがあるし、21曲目の "Nice Work If You Can Get It" ので出しなんか、少女のように可憐な声で歌っています。 "Willow Weep for Me" もグルーヴしているし、「ラバカン」では「ストーリービル」のライブで気になった "The moon was (is) new" の単調な節回しを避け、様々なタイミングで歌い分けているところなど実にすばらしい。コロンビア時代からずっと歌い続けている "My Man" は結晶化したような曲で、デッカの吹き込みとほとんど変わることのない解釈で歌われていますが、歌詞の理解がより深化しているように思われます。 "What a Little Moonlight Can Do" を聴くとどうしてもコロムビア時代の圧倒的なパフォーマンスを思い出して、その違いをあら捜ししてしまうことがありますが、これはこれで名演だと思います。エンディング処理はこの時期の定番フォーマットのようです。
29-30曲目は'58年9月26日に行われた The Seven Ages of Jazz というコンサートからのもので、こういうコンサートをプロデュースするのは歴史好きのレナード・フェザーらしいといえばらしいです。
まず、なんといっても外せないのが "Lover Man"。'44年10月4日のセッションで、デッカの初吹込みであると同時に彼女の名声を確立する一曲でもありました。しかし、この名状しがたい感覚は何でしょう。情熱的であるような、それでいてアンニュイであるような複雑なニュアンス。まるで彼女のために作詞・作曲され、それを出されたまま歌いこなしたかのような自然さ。ミルト・ゲイブラーがクラブ「ダウンビート」で彼女のこの歌を聴いて、「ヒット間違いなし」と吹き込ませたエピソードが間違いないと分かるほどの出来を示しています。歌詞は現実の恋人ではなくてまだ見ぬ恋人を思い続ける内容で、ちょうど "The Man I Love" に似ています。そして出だしの "I don't know why but I'm feeling so sad" という歌詞がビリーの声質とよく合っている。本当になぜだか分からないけれどピッタリなのです。
'46年12月27日のセッションで吹き込まれた "Blues Are Brewin'" は映画『ニューオリンズ』でサッチモとやった曲ですが、ここではそれとは別のメンツで吹き込んでいます。'47年2月13日吹き込みの "Solitude" はビリーの吹込みのみならず、エリントンを含めた同曲のあらゆる吹込みの中でもトップといっていいような絶唱で、同じレベルにたっているのは『ウェイ・アウト・ウェスト』のロリンズぐらいだと思えます。
'48年12月10日の吹き込みは懲役後のセッションですが、ここで聴かれる "I Loves You Porgy", "My Man" はすばらしい。彼女の "Porgy" はマイルスもお気に入りで、顔を合わせたときは必ず歌ってもらったと自伝で語っています。またこの吹き込みはデッカ録音に似合わずシンプルなバッキングが彼女の自由度を広げています。 "My Man" はコロンビア録音があるのですがテンポ設定が間違っていて、どうにもせかせかした印象に仕上がっているのに対し、ここではテンポもピッタリでピアノだけをバックにモノローグ調で「私の男はひどい奴」という内容のバースを歌い上げたあと、諦観をたたえながらそっとやさしく「でも仕方ない」とAメロに入ってくるあたりは、いつ聴いても息を呑むほどに美しい。1コーラスで終わりますが、完全にこの曲の世界を描き出しています。
デッカにおける最後の録音となる'50年3月8日の吹込みでは、コーラス入りの "God Bless the Child" が聴かれます。私としてはこのコーラスがなんだか安っぽくていやなのですが、昔NHK-FMの特集で『ビリーホリデイ物語』というラジオドラマがあり、そのテーマ曲として使われていました。ビリーの役はたしか加賀まりこ。天国でレスターやベイシーと思い出話に興じるという体の1時間ドラマでしたが、配役はピッタリだと思いましたよ。
サッチモとの吹き込みは思ったほどの成果は出ておらず、ブルースの "My Sweet Hunk O' Trash" では浮かれたルイが思わず4文字語を使ってしまってお蔵入りになったり散々だったようです。またかつてベッシー・スミスが歌った "Gimme a Pigfoot" も押し付けがましい伴奏が災いして、いまひとつの出来だと思います。
1曲目の "Strange Fruit" ですが、まずは聴いてください。できれば歌詞を見ながら。ここには彼女が何と闘って何を歌い出そうとしたのか、それが如実に現れています。そしてこれだけの内容ながら淡々とした歌い方も、逆に心を打ちます。2曲目の "Yesterdays" はライナーにも書いてありますが、ビートルズの「イエスタデイ」とはまったく別の曲。「奇妙な果実」と同じ日のセッションなので、なんとなくムードが続いています。とくに伴奏のピアニストソニー・ホワイトと彼女は恋愛関係だったとか(レスターとは恋愛関係になかったといわれています)。吹き込みは'39年4月20日。3曲目の "Fine and Mellow" は12小節形式の純正Fブルース。この曲は彼女の最晩年にレスターやロイ・エルドリッジ、コールマン・ホーキンス、ベン・ウェブスターらを迎えたテレビ番組で収録され、その映像は今でも私たちに感動を与えつづけています。
一方4曲目の "I've Got Right to Sing the Blues" は、名前とは裏腹にブルースではなくて歌もの。それでも、ビリーが歌うとブルージーになります
5曲目からセッションが変わり、'44年3月25日。中期も中期の時期ですね。5曲目の "How Am I to Know" では冒頭から分厚いハーモニーの伴奏で中期な感じがします。6曲目の "My Old Flame" は歌ものでありながらブルースのフィーリングを深く感じさせる曲です。7曲目 "I'll Get by" はコロムビア時代にも吹き込みのある彼女の得意曲。しかし、このやかましいアレンジは何事でしょう?エディー・ヘイウッドの罪や深し。8曲目 "I Cover the Waterfront" は海辺を見つめる女性を歌ったものですが、サッチモが陽気でスイングするバージョンを残しています。ここでのビリーは時期的なものもあるのかもしれませんが、戦地から戻ってくるのを待つ、岸壁の恋人状態のようにしっとりと歌っています。
9曲目からは'44年4月1日のセッション。9曲目の "I'll Be Seeing You" は油井先生をして「もう堪らない。思わず涙ぐむ人も多かったことだろう」と言わしめているように、ジャズという範疇ではなく歌という範疇での傑作。特に2コーラス目に出てくる "I'll be seeing you. . . ." というフシ回しが絶妙。これもまた戦地に赴いた恋人を連想させる詞でこの時代にマッチしていたわけです。10曲目の "I'm Yours"。これもまたアレンジ・アンサンブルがやけに重々しくて時代がかった一曲になっています。11曲目 "Embraceable You" は大スタンダード。バックのアレンジが相変わらずドロドロと重たいものの、すばらしい歌に仕上がっています。12曲目の "As Time Goes by" は映画『カサブランカ』の主題歌としても使われ大スタンダードの印象ですが、ビリーがこの曲と出会ったのはそれ以前だといわれています。
13曲目以降は'44年4月8日の吹き込み。13曲目の "He's Funny That Way" は大和明先生がビリーの最高傑作と評した演奏。確かに複雑な感情を一音一音にこめた歌い方が印象的です。14曲目は "Lover, Come Back to Me" つまり「ラバカン」。このトラックはいいです。アレンジが重々しくないせいでビリーがビートを揺らしながら独自の間を展開し、2回目のサビではこの時期に特徴的な「フシの妙」を展開して印象深い。15曲目の "Billie's Blues" は別テイクのほうがいいというトラック。私の場合、LP時代、最初に購入した時点で誤って別テイク集を購入してしまい(ジャケットの月が青いの・・・)、しばらく聞いた後、本テイク集(今取り上げているアルバム)を買って聴いたんですが、この曲に関しては別テイクのほうがいいように思います。そして16曲目の "On the Sunnyside of the Street"。出だしからオリジナルメロディーとは別のメロディーを展開しつつ、元歌よりもずっと説得力豊かに歌い上げています。私としてはこのトラックをもってこのアルバムのベストと言いたいぐらいです。