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Charlie Parker: Savoy Master Takes (Savoy) | jazz.info

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"Louis Armstrong, Charlie Parker." (Miles Davis summarizing the history of jazz)

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Charlie Parker: Savoy Master Takes (Savoy)

May 25th, 2006 · No Comments

Savoy Master

ジャズ史上最も重要なレコードの一枚です。'40年代初頭、ジャズ界ではのちに「ビ・バップ革命」と呼ばれる音楽上の革命が起きていました。その走りはチャーリー・クリスチャン(g)で、彼の弾くギターは斬新なコード感覚にあふれていました。簡単に言えば「え、そこでそんな音使うの?」という音、今まではふさわしくないと思われていた音を盛り込むことでそれまでのジャズ(スイング音楽)にはない感覚を導入したのです。さらに、それを押し広げたのがチャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、バド・パウエル達であったといわれていますが、中でもパーカーは新しい感覚の音を、それにふさわしい場所で自在に使いこなし、その上に超絶技巧(パロテクニック)を駆使することでたちまちジャズ界のリーダーになりました。

ここで、「ビ・バップだ新感覚だと言われたって分からないよ」という人は1~4曲目を聴いてみて下さい。これはバンド自体は古い感覚で演奏しているのに対してパーカーのソロだけが新感覚になっている演奏です。バンドの合奏や歌がベッタリして、よく言えば地に足のついた、悪く言えばのそのそした演奏なのに対して、パーカーのソロだけは30センチぐらい空中に浮かんでいないでしょうか?この感覚に新しい物好きは大喜びし、保守派は頑固に抵抗したというのがジャズの史実です。偉大なプロデューサー達でさえバップが登場した頃は「リフを繰り返しているだけ」と批判したとか、その音楽的な成果よりもディジーのベレー帽と山羊髭に注目が集まり、「ベレー帽とあごひげで訳の分からない言葉を話すバップ族」などと評されたとも言われています。

1~4曲目までは伝統的な音の使い方とパーカーのバップを対比するのに格好の材料ですが、バップの理念が具現化したような演奏は5曲目以降の「ココ・セッション」です。 "Warming up a Riff"。チェロキーのコードを使ってウォーミングアップをしています。即興演奏です。途中バックで笑い声が聞こえますが、何かの引用か符丁を吹いてバックミュージシャンが反応したのだと思われます。6曲目の "Billie's Bounce" と7曲目の "Now's the Time" はFのブルースでパーカーのブルース演奏の典型です。私は「ビリーズ・バウンス」を延々練習し、練習しすぎてFのブルースを吹くと必ずこのフレーズが飛び出してしまいます(笑)つづく8曲目の "Thriving on a Riff" は通常 "Anthropology"(人類学)と呼ばれている曲で、いわゆる「B♭循環」という構成の曲です。冒頭からアドリブで始まり曲テーマは最後になって出てきます。9曲目 "Meandering" はスローテンポの曲でバップにおけるバラッド解釈がはっきりと現れた演奏です。

そしてジャズ史上最も重要な演奏の一つ "Koko" が来ます。これはあちこちで書きましたが原曲は「チェロキー」。チェロキーのフレーズは出てきません。これには理由があります。実は「ココ」には(にも)別テイクがあって、最初のテイクでは緊迫したペット(ディジー)とアルトのあと、のんきな「ターララ・ラーラー」っていう「チェロキー」のテーマが演奏されるのですが、曲の使用料支払いを恐れたプロデューサーが「ヤメロ!ヤメロ!ヒュー(口笛を吹く音)」と割り込んでくるところで録音がカットされています。これがテイク1。もちろん30秒程度のNGですからこのCDには収録されていませんが、これは面白い演奏だと思います。なぜならイントロは「ココ」と変わらない緊迫感があるものなのに対してあのチェロキーのテーマはあまりにも間延びしているからです。穿った見方をすれば「ボツになる」のを承知でわざとあの演奏を残しておいたのではないか?そうする事によってテイク2で繰り広げる「ビバップ」との対比を際だたせ、自分たちが今成し遂げようとしていることが一体どういうことであるのかを満天下に示そうとしたのではないかと思えるのです。

それだけの緊迫感が「ココ」のテイク2にはあります。最初聴いたときには、こんなのせわしないだけで一体何吹いているのか分からない、という印象を抱きました。その後1年ぐらいこの演奏は気にも掛けずにいたのですが、大学一年生の時ラジオを聴いていたら「ココを聴かずしてジャズを語るな」みたいな発言がされているのを聞き咎めて、「そういえば家にあったなぁ(寮生でしたがLPは全部実家に置いてありました)」と思いだし、冬に帰省したときにずっと聴き続けました(「ココ」だけじゃないですがね)。そしてある時、ふとそれまで勘で分かっていたようなことがリアリティーをもって理解できたのです。それはバップのコード、リズム、テンポを駆使することで生まれる独特のテクスチュアリティーということでした。このテクスチュアリティーはどれが欠けても生み出すことは出来ないし、それが一瞬のアドリブで行われるからこそリアリティーをもち得るのだということでした。このリアリティーは一般にグルーヴと呼ばれるものです。そして、いったん「ココ」が分かってしまうと先のスローテンポな「ミアンダリング」にさえ、いやスローな曲ほどベースにものすごく細分化した急速なビートが流れていることが感じられるようになったのです。さらには、ポップスや歌謡曲においても、どれが「だるい曲」でどれが「いけてる曲」であるかも分かるようになりましたし、クラシックで聴き比べなどしなくても一回聴けば、どの指揮者や演奏家が「乗って」いて、どの演奏家が「営業的」なのかがなんとなく分かるようになってきました。

さて、これ以降の曲もそれぞれに思い入れがあるのですが、実際に聴いてみるのが一番速いので、これ以上くどくどと曲目解説はしないでおこうと思います。11~13曲はバド・パウエルを含む「ドナリー・セッション」。ディスク2枚目の1~4はマイルス名義の録音でパーカーはテナーを吹いています。12曲目の "Parker's Mood"。Bフラットのブルースで超スローですが、その底流にものすごいスピードが流れていることはこの録音を聴けば理解できると思います。このアルバムもまた、音楽ファン必携の一枚(二枚)です。

この記事で取り上げたCD

Tags: alto sax · Parker, Charlie

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