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Billie Holiday: Billie Holiday (Commodore Records)

August 30th, 2009 · No Comments

commodorebillie

「奇妙な果実」に関する世間の意見は、おおむね二つに分かれているように思われます。一つは

「『奇妙な果実』こそビリーの代表作にして最高傑作だ」

というもの。もう一つは

「偉大な歌ではあるが例外的な作品である」

というものです。「奇妙な果実」を駄作という人もたまにいますが、天邪鬼な性格だったり音痴だったり英語が読めなかったりレイシストだったり耳くそが詰まっていたりなので無視していい意見でしょう 8) 確かにビリーがカフェ・ソサエティーでこの歌を歌うと「ピンが落ちても聞こえるほど」にシーンと静まり返ったという伝説があります。また、私が脱線ついでに授業でこの曲を聞かせると、文字通りシーンとなって歌に引き込まれる若者が数多くいます。

この曲はルイス・アレン(本名:エイベル・ミーアポル ユダヤ人の教師 詩の内容が内容だけにペンネームを用いた)が1930年ごろ作詞・作曲したもので、彼は1939年クラブ「カフェ・ソサエティ」に出ていたビリーにクラブのオーナーを通して紹介され、この詩を手渡したといわれています。歌詞の内容にビリーも最初歌うことをためらったものの、歌ってみるや「カフェ・ソサエティー」の客から絶賛を受け、彼女のレパートリーに加わったわけです。

カフェ・ソサエティーのビリー・ホリデイ

カフェ・ソサエティーのビリー・ホリデイ

詩の内容は「南部でリンチを受け木にぶら下がった黒人の遺体」を歌ったもので、詩としてのリズムもよく脚韻に、"gallant south" (美しい南部)と "twisted mouth" (歪んだ口)、 "sweet and fresh" (甘くて新鮮な)と "burning flesh" (焼ける肉)といった印象的なものを含む名詩の一つです。曲のキーはB♭マイナー、形式はAABB形式。歌詞の詳細は「奇妙な果実」などで検索してもらうとして、とにかく恋歌でもなければ小唄でもない、荘重なテーマを持った歌です。レコーディングに関してはビリー自身がコロムビアに掛け合ったものの、その過激な歌詞のために却下され、マイナーレーベルの「コモドア」オーナー、ミルト・ゲイブラーが乗り出して吹き込ませた同曲のトラックを含む一枚が今日紹介するアルバムです。

さて、冒頭に述べた二つの意見うち、「偉大な歌ではあるが例外的な作品である」という意見はさらに2つに分類でき、一方は「この歌によって彼女はステップアップした」というもの、他方は「この歌によって彼女はよくなくなった」という意見です。「ステップアップ」派の意見は主にこの歌の持つドラマ性とその後の彼女のキャリアの展開に注目します。つまり、これ以降彼女は歌に実人生を含むドラマを持ち込むことで、それまでの歌のあり方(楽譜を忠実にそして高度に再現する)から、歌はそれを歌う者やその周りの環境と一体となる(この考えは、マーヴィン・ゲイと「ワッツ・ゴーイング・オン」やジョンと「イマジン」、マイケルと「マン・イン・ザ・ミラー」を見ればよく分かります)という考えへと転換した最初の記念碑であるという見方です。一方「よくなくなった」派の意見はもっと形而下的なスタンスで、「レパートリーが全部押しなべて『哀れな私』をテーマにしたものになってしまい、コロムビア時代のように奔放な歌唱や闊達なスイングが消えてしまった」という意見です。

結論からいって、私はこの「よくなくなった」派に属します。

私自身このアルバムから入門したのですがまったくピンと来なかったところで、前の記事で紹介した『ビリーホリデイの肖像』を聴いて、ストンと腑に落ちた経験があるからです。また尊敬するジャズプロデューサー、ジョン・ハモンドが同じような意見を持っていたことも大いに影響しています。ただ、「よくなくなった」派ではあっても、同時に「仕方なかった」派であり、「後期持ち直したでしょ?」派でもあります。仕方がなかったというのは、この後数年して彼女は麻薬禍に見舞われ、その私生活やスキャンダルがゴシップ的趣味として注目の的となります。今でいえば「のりピー」と同じ状況。一方でビバップが徐々にその形を形成し、彼女やテディー・ウィルソン、レスター・ヤングらの音楽を過去のものとして葬り去るような勢いで勃興しつつあります。こんな中、誰が過去のスタイルのままの彼女を買うでしょうか?彼女が自分を売る方法として「私を歌う」という方向にシフトしていったのは仕方のないことであり、「奇妙な果実」の一件以外にもさまざまな要素があったのだと思います。そして、後期(つまりヴァーヴ時代)になってプロデューサー、ノーマン・グランツの努力もあり、レパートリーを増やしつつかつてのように気心の知れたメンバーとスイングするセッションで歌うようになったことから「後期は持ち直したでしょ?」派に属しているわけです。

さて前置きが長くなりましたが、このアルバムのトラックに対する寸評を。

1曲目の "Strange Fruit" ですが、まずは聴いてください。できれば歌詞を見ながら。ここには彼女が何と闘って何を歌い出そうとしたのか、それが如実に現れています。そしてこれだけの内容ながら淡々とした歌い方も、逆に心を打ちます。2曲目の "Yesterdays" はライナーにも書いてありますが、ビートルズの「イエスタデイ」とはまったく別の曲。「奇妙な果実」と同じ日のセッションなので、なんとなくムードが続いています。とくに伴奏のピアニストソニー・ホワイトと彼女は恋愛関係だったとか(レスターとは恋愛関係になかったといわれています)。吹き込みは'39年4月20日。3曲目の "Fine and Mellow" は12小節形式の純正Fブルース。この曲は彼女の最晩年にレスターやロイ・エルドリッジ、コールマン・ホーキンス、ベン・ウェブスターらを迎えたテレビ番組で収録され、その映像は今でも私たちに感動を与えつづけています。

一方4曲目の "I've Got Right to Sing the Blues" は、名前とは裏腹にブルースではなくて歌もの。それでも、ビリーが歌うとブルージーになります

5曲目からセッションが変わり、'44年3月25日。中期も中期の時期ですね。5曲目の "How Am I to Know" では冒頭から分厚いハーモニーの伴奏で中期な感じがします。6曲目の "My Old Flame" は歌ものでありながらブルースのフィーリングを深く感じさせる曲です。7曲目 "I'll Get by" はコロムビア時代にも吹き込みのある彼女の得意曲。しかし、このやかましいアレンジは何事でしょう?エディー・ヘイウッドの罪や深し。8曲目 "I Cover the Waterfront" は海辺を見つめる女性を歌ったものですが、サッチモが陽気でスイングするバージョンを残しています。ここでのビリーは時期的なものもあるのかもしれませんが、戦地から戻ってくるのを待つ、岸壁の恋人状態のようにしっとりと歌っています。

9曲目からは'44年4月1日のセッション。9曲目の "I'll Be Seeing You" は油井先生をして「もう堪らない。思わず涙ぐむ人も多かったことだろう」と言わしめているように、ジャズという範疇ではなく歌という範疇での傑作。特に2コーラス目に出てくる "I'll be seeing you. . . ." というフシ回しが絶妙。これもまた戦地に赴いた恋人を連想させる詞でこの時代にマッチしていたわけです。10曲目の "I'm Yours"。これもまたアレンジ・アンサンブルがやけに重々しくて時代がかった一曲になっています。11曲目 "Embraceable You" は大スタンダード。バックのアレンジが相変わらずドロドロと重たいものの、すばらしい歌に仕上がっています。12曲目の "As Time Goes by" は映画『カサブランカ』の主題歌としても使われ大スタンダードの印象ですが、ビリーがこの曲と出会ったのはそれ以前だといわれています。

13曲目以降は'44年4月8日の吹き込み。13曲目の "He's Funny That Way" は大和明先生がビリーの最高傑作と評した演奏。確かに複雑な感情を一音一音にこめた歌い方が印象的です。14曲目は "Lover, Come Back to Me" つまり「ラバカン」。このトラックはいいです。アレンジが重々しくないせいでビリーがビートを揺らしながら独自の間を展開し、2回目のサビではこの時期に特徴的な「フシの妙」を展開して印象深い。15曲目の "Billie's Blues" は別テイクのほうがいいというトラック。私の場合、LP時代、最初に購入した時点で誤って別テイク集を購入してしまい(ジャケットの月が青いの・・・)、しばらく聞いた後、本テイク集(今取り上げているアルバム)を買って聴いたんですが、この曲に関しては別テイクのほうがいいように思います。そして16曲目の "On the Sunnyside of the Street"。出だしからオリジナルメロディーとは別のメロディーを展開しつつ、元歌よりもずっと説得力豊かに歌い上げています。私としてはこのトラックをもってこのアルバムのベストと言いたいぐらいです。

このアルバムは私のような偏狭なジャズファン以上に、広く音楽ファン、歌ファンに聴いてもらいたいアルバムです。いずれにせよ「奇妙な果実」は音楽ファン必聴の一曲です。

Tags: Holiday, Billie · vocal

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