ヴァーヴにおけるビリーの第5集である。このアルバムはオリジナルでは8曲の構成で、ほとんどの曲が「トーチソング」と呼ばれる、身も心も焦がす松明のような愛の歌であったためこのように題されている。現在では、このオリジナル盤CDのほかに同時期に発売された Velvet Moods とカップリングしたものがあり、ここではそのカップリング盤をテーマとして取り扱う。
というのも、このオリジナル盤で2枚にわたるアルバムはすべて’55年8月23日と25日に同じメンバーによって吹き込まれたものであり、さらに重要なことに、ここで取り上げられた曲のほとんどが、「ノーマン・グランツによってサジェストされたビリーにとっての新曲」だからである。ヴァーヴ時代のビリーの弱点として声の衰えとともに「決まり切った曲を、決まり切った歌い方で歌う」ことが挙げられることは、以前にも指摘したとおりであるが、ヴァーヴのプロデューサー、ノーマン・グランツの努力もあって、いくつかの新曲に挑戦している。その多くがこのアルバムに収められている点が重要であり、2枚に分散して集めるよりも、この1枚で聴いた方がすっきりと見やすいと思うのである。
今回が初出ではない曲は "I've Gotta Right to Sing the Blues," "Nice Work if You Can Get It," "Fine Romance," "Everything I Have Is Yours" であるが、特に前者3曲は久しぶりの吹き込みであり、事実上新曲と変わるところがない。そしてどの曲も、前日にトリオによる入念なリハーサルが施されていることも注目に値する。おそらくこの日ビリーとグランツの意気込みは相当なものであったのではないだろうか。
メンバーはビリーのほか、ハリー・エディソン(tp)、ベニー・カーター(as)、バーニー・ケッセル(g)、ジミー・ロウルズ(pとセレステ)、ジョン・シモンズ(b)、ラリー・バンカー(ds)。
特筆すべき曲としては6曲目の "Please Don't Talk about Me"。「私がいなくなってから、あれこれ陰口叩かないで」という内容の歌で、ビリーの人生や死後と重ね合わせていろいろ詮索できるが、そういうのは意味がなくて、この演奏そのものがすばらしい。この曲の原メロディーは出だしから上昇下降の音型がはっきりしていて、プリーズの「プ」アバウトの「ア」、アイムの「ア」を山として上がったり下がったりするのであるが、ビリーはここで再びメロディーの動きを簡素化し、変わってリズムに彩をつけていく。まさにビリー・ホリデイ的瞬間である。特に、ソロが終わってから歌うワンコーラスは圧巻で、"Listen!"という間投詞の絶妙なタイミング、"if you can say anything real nice" を叩きつけていく下り、サビのメロディーとリズムの改変、そして"Makes no difference" に入るまでの、気の遠くなるような3拍半のタメ、どこをとってもビリー・ホリデイでしかなしえない名唱である。間のソロも、構成力と力強さのベニー・カーター、モダンな感覚のバニー・ケッセル、同時代を共有していたハリー・エディソンの名演が光っている。私は、この演奏を後期におけるベストの一つとして、前期の "Me, Myself and I" に匹敵しうるものだと考えている。もちろんジャズ的興味からの観点ではあるが。そして彼女はこの曲を気に入ったようで、これ以降何度か吹き込みをしていて、最晩年のロンドン公演で歌う映像も残されている。
10曲目の "I've Gotta Right to Sing the Blues" は'39年4月29日の「コモドアセッション」つまり「奇妙な果実」の吹き込みと同じ日のセッション以来16年ぶりの吹き込み。この歌が形式としてのブルースではないことについては以前に述べたが、それでもブルースフィーリングを感じさせるとも指摘した。今回の吹き込みは、バックのエディソンの熱演も手伝ってさらにブルース度が上がっていて、とてもできがよい。
さらにすばらしい成果といえるのが、12-13曲目の "Fine Romance" である。12曲目はテイク2でリハというか流していく感じ、13曲目はテイク8、つまりそれだけテイクが重ねられて完成した。テイク8ではベニー・カーターとハリー・エディソンによるオブリガートが、往年のレスター・ヤングとバック・クレイトンのそれを彷彿とさせ、実に生き生きとした演奏になっている。
ラテンリズムで演奏される15曲目の "I Get Kick out of You" はビリーの歌とそれに絡むハリーのオブリガートもすばらしいが、そのあとに出てくるベニー・カーターのソロが抜群で驚異的ですらある。プレモダンのアルト(つまりパーカー以前のアルト)ソロとしては1,2を争う名演。後半の歌に対するハリーのオブリガートはちょいとやり過ぎ:P
私はジャズの観点が強すぎるのか、どうしてもミディアムテンポ以上のものをよしとする傾向があるけれど、ここで取り上げた曲以外でも十分に聴き応えのある演奏と歌であることは間違いない。
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