ビリー・ホリデイを別格とすると、三大女性ジャズシンガーといえばエラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、そしてカーメン・マクレエということが出来ます。エラとサラについてはすでに記事を書いたので、今回は、カーメン・マクレエについて書いてみましょう。カーメンについて寺島さんが面白いことを書いています。いわく、「彼女の歌を聴くと、日本語を聴いているように歌詞が理解でき、英語が得意になった気分になる」と。確かめてみようと、英語の授業で学生に彼女の歌の聴き取りをやらせましたが、他の歌よりもずっと正解率が高かったので驚きました。その理由として、語を一音一音はっきり発声することと、彼女独特の歌い方、すなわち「レチタティーヴォ」といって語るような歌い方が挙げられます。以前のアルバムでハリー・コニック Jr.とのデュオがあったんですが、ハリーのほうは南部訛も強くて聴き取りづらかったのにたいして、カーメンのパートになったらたちまち歌詞が理解できたということもありました。
今回紹介するアルバムは、1972年ロサンゼルスのクラブ「ドンテ」でのライブを録音したもので、アメリカの様々な名曲をジャズに仕上げて歌っていることからこのタイトルが付けられました。編成もジョー・パスのギター、ジミー・ロウルズと曲によってはカーメン本人のピアノ、チャック・ドメニコ(b)、チャック・フローレス(ds)という小編成で、録音のよさとあいまってクラブの雰囲気が横溢しています。うちの安いキカイでも、隣の部屋で流しているのが洩れて聴こえると本当にそこでやっているように聴こえるほどです。
1曲目 "Satin Doll" はエリントンとストレイホーンの曲。ベースだけを従えて歌いだし、2コーラス目にギター、ピアノ、ドラムが入ってジョー・パスのソロになだれ込むところが心憎い。
2曲目 "At Long Last Love" はコール・ポーターの同名ミュージカルの主題歌。
3曲目 "If the Moon Turns Green" はビリー・ホリデイが歌った歌ですが歌詞が違います。ピアノはカーメン本人。
4曲目の "Day by Day" も有名なスタンダードで、トミー・ドーシー楽団のアレンジャーでもあったポール・ウェストンの曲。
"What Are You Doing the Rest of Your Life" (5曲目)は映画リチャード・ブルックスの映画「ハッピーエンド/幸せの彼方に」の主題歌で、ミシェル・ルグランの作曲。伴奏のジョー・パスは、カーメンも述べているように素晴らしい演奏です。
6曲目 "I Only Have Eyes for You" はハリー・ウォーレンの曲で、ビリー・ホリデイも歌ったスタンダードですが、フラミンゴズのドゥーワップで有名になりました。歌詞を作り変えて歌っています。
7曲目はメドレーで "Easy Living", "The Days of Wine and Roses", "It's Impossible" が歌われます。前の2曲は大スタンダードですが、"It's Impossible" はエルビスが歌ったラテンナンバーだったと思います。作曲者もアルメンド・メンザネロというメキシコのボレロ作曲家です。
8曲目 "Sunday" はジュール・スタインの曲でシナトラの『スイング・イージー!』でも歌われた古いスタンダード。
9曲目レオン・ラッセルの "A Song for You" は、以前からカーペンターズの歌で聴いたことがあり、心を打たれましたが、ここでのカーメンも素晴らしいです。これぞ「母国語で歌われているように歌詞が入ってくる歌い方」の典型でしょう。また、カーメンの特徴としてよく挙げられるのが「詞に対するアイロニカルな対応」というものがありますが、この曲にその特徴がよく表れています。アルバムのベストトラックと呼べる1曲です。最近もハービーさんがクリスティーナ・アギレラと吹き込んでいます(アルバム『ポッシビリティーズ』)
10曲目 "I Cried for You" もジャズの大スタンダードで、ビリー・ホリデイは『奇妙な果実』の中で、この歌でサラ・ヴォーンと勝負して圧勝したと書いています。まあ、あの自伝はインチキ臭いんですがね。
11曲目 "Behind the Face"、12曲目 "The Ballad of Thelonious Monk" はジミー・ロウルズの作曲とクレジットされているので、このアルバムのオリジナル曲でしょう。「モンクのバラード」では途中で「ブルー・モンク」の一節が引用されたりして楽しくやっています。
13曲目 "There's No Such Thing as Love" はアンソニー・ニューリーとイアン・フレーザーの曲。14曲目は、バート・バカラックの有名な "Close to You"。元歌とだいぶ違います。15曲目 "Three Little Words" もビリー・ホリデイで有名なスタンダード。16曲目 "Mr. Ugly" はノーマン・マップの曲でカーメンがピアノを弾いています。17曲目 "It's Like Reaching for the Moon" は再びビリーの吹き込みで有名なスタンダード、そしてラスト、 "I Thought about You" も大スタンダードで、マイルスも『いかついお爺様が』、じゃなくて『いつか王子様が』で吹き込んでいます。
昔から、カーメンを最初に聴くなら『ブック・オブ・バラーズ』、『アフター・グロウ』、そしてこの『グレイト・アメリカン・ソングブック』だといわれています。極端な人だとこの3枚があればOKという人もいます。それは甚だしい意見であるにせよ、この3枚はマスト・アイテムでしょう。
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