ガッツのあるバップ系の4ビートジャズを聴き続けていると時々浮気したくなる時があります。特にメインストリームからちょっと外れたところで、それでもクリエイティブな音楽を作っている人はいないか、などと時折アンテナを拡げてみるわけです。そうすると時にヒットしたり、時にはスカを掴まされたりと安定しないこと夥しいわけですが、それでも名作にめぐり合った時の感動が忘れられないのでやめられません。
数年前までは京王八王子の駅ビルに入っている「タワレコ」に強力なジャズ耳を持った女性店員がいて、彼女が「ポップ」といってCDに貼り付けられている手書きの推薦カードを書いていたのですが、そこで推薦されているものは大抵が当たりでした。特に未知のものを購入する時はこのポップ記事が頼りだったわけです。もっとも相性もあるわけで、今はなき丸井八王子の「ヴァージン」にいたポップ書きの人とは相性が悪かったらしく、相当なスカ(私にとっての)を買うことになりました。
今回紹介するキップ・ハンラハンの「千一夜物語」もそんな風にしてタワレコで購入した一枚です。キップの「千一夜」には二種類あって、ここで取り上げるパープル一色のジャケットのほうが"Shadow Night"というサブタイトル、もう一つのほうのサブタイトルは"1-red Night"となっています。どちらもいい作品ですが、個人的には「シャドーナイト」の2枚目がもっとも気に入っています。
この作品は「アラビアン・ナイト」をモチーフにした作品ということで、曲の合間にあるいはリズムを従えて「シャラザード姫が滑った」とか「転んだ」などという台詞が語られる仕様となっていて、曲名も「アラビアン・ナイト」のタイトルや一節がそのままつけられているようです。しかし、そのタイトルや一節が曲とどういう関係にあるのかアラビア文学者でもない私にはさっぱり分かりませんし、そもそも曲として分節化されていないで延々続くんですね。全部で一曲という感じは、電化マイルスの『アガルタ』『パンゲア』のような感じでもあるけれど、あそこまで怒っているとか、苛立っている音楽ではなくて、このアルバムはむしろ非常にナチュラルな演奏です。ただ普通のジャズアルバムのように、「4曲目"Lover, Come Back to Me"のトミー・フラナガンのソロは...」という風な紹介ができないタイプなんですね。
このアルバムの2枚目はドン・プーレンのジャズっぽくて静かなピアノトリオから始まりますが、それが徐々に盛り上がり、畳み掛けるようなパーカッションの演奏が差し挟まれるごとにテンションを増し、9曲目でついにクライマックスを迎え、その後静かにフェードアウトして14曲目の語りで終わるという構成になっています。ここでのパーカションが複雑なポリリズムとなっていて、聞いていて心地よい。以前サッカーネタで書いたと思いますが、日韓ワールドカップの時のセネガルの応援団がずっとポリリズムとたたき出していて、このアルバムを彷彿とさせました。
キップ・ハンラハンという人は自分で楽器を演奏するわけではなく、クラシックのように指揮棒を振り回すわけでもなく、ただ構成などを決めて演奏を指揮するプロデューサーのような人です。CDに入っていたリーフレットに写真が載っていて、非常に渋い感じのいい男が写っているのですが、数年前ブルーノート東京で行われたライブを見に行った人の話だと、写真とは大違いの禿げ散らかした中年のおじさんだったそうです・・・とはいえ、このアルバムはとてもよく出来ていて、ジャズとワールドミュージックの境に位置する名作だと思います。
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