エリントンを聴くときにははずせない一枚です。ちょっと見ると「ヒットパレードのコンピレーション」じゃないかと思ってしまいますが、実はある決意をもって入念に仕上げられた作品なのです。詳しいことは油井先生の『ジャズ歴史物語』(絶版)で述べられていますが、この吹き込みの前にフランスの批評家アンドレ・オデールとエリントンの間でちょっとした論争がありました。簡単にいうと、その頃のエリントンの姿勢を「過去の安直な焼き直し」「焼き直しどころか改悪すらしている」とするオデールによる批判でした。エリントンは一度雑誌で反論しますが、その後沈黙します。そして、音楽家らしく演奏をもってオデールに再反論したのがこの「ポピュラー・エリントン」です。そのため、一曲として昔のままの再演という録音はありません。
まず、冒頭の"Take the 'A' Train"。エリントンが延々ピアノソロでイントロを取ります。このピアノソロの斬新なこと。ちょっと前衛的な雰囲気すら漂い、難しい音を駆使しています。かつてうちに遊びに来た某ピアニストは、この演奏を10回も聴いて大絶賛していました。3曲目の"Perdio"や4曲目の"Mood Indigo"ではジミー・ハミルトン、ラッセル・プロコープのクラリネットが清澄でいながらワイルドでエスニックなサウンドを出しています。
そして問題の"Black and Tan Fantasy"。これは古い曲で題名「黒と茶の幻想曲」からも分かるとおり、アメリカにおける黒人とネイティブアメリカンの衰退を描いたもので、悲痛なトーンで演奏が進み最後は葬送行進曲で締めくくられるものでした。ところが、ここでの演奏は本来終わるはずのパートから徐々に力強さを増して、クーティー・ウィリアムスの圧倒的なトランペットで堂々たるクライマックスに達します。これは黒人達を巡る当時の状況の変化を示していておもしろいと思います。この演奏が吹き込まれたのが'66年、公民権運動のまっただ中であったわけで、時代思潮も影響してこのように力強い演奏になったのでしょう。
7曲目"Solitude"は私の大好きな曲で、ビリー・ホリデイの歌とロリンズの演奏の二つが最高峰だと思いますが、この演奏はそれに次ぐ名演です。8曲目の"Do Nothing till You Hear from Me"と10曲目---ミュージカルのタイトルにもなった代表曲---"Sophisticated Lady"も普段とは違う構成で臨んでいるところにエリントンの意気込みが聞こえてくるようです。そしてラストの"Creole Love Call"。オリジナル演奏ではアドレーデ・ホールがスキャットを歌いエキゾチシズムを強調した演奏であったのに対して、ここではクーティー・ウィリアムスのトランペットとラッセル・プロコープのパワフルなクラリネットを使い「黒人の愛」を堂々と歌い上げています。
このアルバムは、最初に聴くエリントンとしてもバランスのよい構成ですが、上で述べたように新しいものに挑戦しようとするエリントンの意気込み、そして60年代のアメリカ社会の息づかいまでもうかがえるような本当の名盤だと思います。
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