1956 Series (10)
ドナルド・バードはクリフォード・ブラウン亡き後のジャズ・トランペット界で、ケニー・ドーハム、リー・モーガンと並んでハードバップを牽引したトランペッターでした。ケニーほど地味でもなければ、反対にリーほど華やかでもない、ちょうど中間的でかなり知的な印象のトランペッターです。知的というのは『フュエゴ』という偉大な例外を除けば(笑)、よく歌うものの決して羽目を外したり下品にならないソロから来る印象だけではなく、この人は実際に教育者でありPh. D.も持っているという話です。70年代になるとファンク風の音楽をやったりしていますが全体としてはメロディアスながらも抑制感があってクリアーな音楽家だと思います。
知的というと実はこの「トランジション」というレーベルもかなり知的なイメージがあります。というのも、このレーベルの創設者トム・ウィルソンがハーバード大学出のインテリだからです。しかし、弱小レーベルのこととて数年後には経営に行き詰まって三年ぐらいで潰れてしまったそうです。そのためトランジション原盤は幻盤となって廃盤店の壁を誇らしげに飾っていました。このレーベルだとベーシスト、ダグ・ワトキンスのリーダー盤 Watkins at Large がよく話題に上りますが、この Byrd Blows on Beacon Hillもそれに負けないぐらい優れたアルバムです。ドナルド・バードはこの後、BNから数え切れないといっていいほどの良作を出すのですが、ここでは1956シリーズということでこのアルバムを取り上げます。
一曲目、"Little Rock Getaway"。シカゴ・ジャズのジョー・サリヴァン作曲というからずいぶん古い曲です。イントロのピアノはレイ・サンティシですが、ちょうどブルー・ミッチェルの "I'll Close My Eyes" でイントロを弾くウィントン・ケリーのように「これから楽しい演奏が始まるよ!」と期待させるようなワクワクしたイントロです。古くて懐かしいようなテーマをバードが吹き、そのままメロディーラインのくっきりしたアドリブに突入します。このソロが凄い。フレーズが必然的につながりながら発展していく一方で、この曲のもつ「可愛らしさ」が失われることは決してありません。サンティシのピアノはちょっとたどたどしい気もしますが、その背後でダグ・ワトキンスのベースがブンブンと唸っているのがよく聞こえます。このベースあっての名演だということがよく分かります。
二曲目 "Polka Dots and Moonbeams" は有名なバラッド。私はこの曲を聴くとスコット・ラファロを失って心なしか虚ろなビル・エバンスの演奏を思い浮かべますが、こちらはバードのペットを中心に可憐な感じで奏されています。バードの2コーラスのソロはあまり原曲を崩さずフェイクしたものですが曲想、音色ともに合っていて名演だと思います。三曲目の "Poeple Will Say We're in Love" は「粋な噂を立てられて」という粋な邦題がつけられています。これはバード抜きのピアノトリオ。訊くべきところはやはりダグのベースでしょう。
四曲目の "If I Love Again" はクリフォード・ブラウンが演奏した曲で、バードもそれを意識してか同じ様なテンポと楽想で演奏しています。ただブラウニーがオープンで吹いたのに対してバードはミュートをつけています。イントロはドラムのジム・ジターノ。それに続いてテーマからアドリブまで一気に吹ききるバードは快調です。ピアノソロ、ドラムソロも結構乗っていてブラウン=ローチ・クインテットの演奏を彷彿とさせます。続く "What's New?" はバード抜きのピアノトリオですが、ダグ・ワトキンスを全面にフィーチャーした演奏となっています。テーマのAメロをダグが弾き、サビでサンティシのピアノに交代します。後メロもダグが取り、ソロはピアノが先発、ベースがそれに続きます。こういうベース主体の演奏はみんな寝静まってかなり静かになった深夜などに聴くと、くっきりとベースが浮かび上がって驚きます。最後は "Stella by Starlight"。途中で何度か転調する結構面倒くさい曲で私も全然仕上がらずに困っています(笑)。もっともそれは私が素人だからで、彼らの演奏はきっちりと仕上がって聴き応え十分なものになっています。ちょっと演奏時間が短くあっさりと仕上がっているけれど。
トランペットのワンホーン物ではリー・モーガンの Candy、ブルー・ミッチェルの Blue's Moods と並んでよく聴く一枚です。
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