このアルバムと、次に紹介するアルバムは「時代の気分」を濃厚に現した伝説的な名曲が収められているものです。本アルバムではタイトル通り "Cool Struttin'"、もう一枚のアルバムの選択は少し変化球ですが "Moanin'" がその名曲にあたります。
東芝EMIでは現在「ブルーノート決定盤1500シリーズ」と銘打って、名門レーベル・ブルーノートの必聴盤を1500円で売り出しています。2300円とか、2500円払わされてきた身としては若干納得がいきませんが、よく考えれば私が高校生で少ない小遣いやバイト代でこつこつ買っていた20年以上昔でも、やはり2000円前後であったことを考えると、レコード業界も努力しているなと思います(一方で流行歌の方は値上げがはげしくて、去年買ったサザンの「夢に消えたジュリア」など1200円も取られました。ドーナツ盤は700円ぐらいが相場だったように記憶しています)。さて、その決定版シリーズの中でも常時トップに来る一枚が「クール・ストラッティン」です。日本独自の文化であるジャズ喫茶を中心として60年代に大ヒットした一枚だといわれています。私自身はまだ生まれてない頃なのでその空気を体感することは出来なかったものの、聴いてみれば「なるほど、これはヒットするだろうな」と実感できるような演奏です。
タイトル曲である「クール・ストラッティン」。ブルースです。一度聴けば決して忘れないあのテーマがウォーキング・テンポで演奏されると、「ああ、あの時代だなぁ」とまだ生まれてもいない時代に思いをはせます(笑)。メンバーのうちジャッキー・マクリーン(as)とソニー・クラーク(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)は普段も仲がよく年がら年中遊び歩いている仲間だったそうで、そのメンツがこれまた手慣れた「Fのブルース」をあのテンポでやれば名演が生まれないわけない。案の定、ソロが始まると彼らの間にある共通の気分が流れ出し、循環し、ソリストとリズム隊の間を巡っていきます。この共有された気分こそグルーヴ感と言うべきものなのです。そこでは、各人がくつろいで自分のいいたいことを言っていると同時に、相手の出す音にも敏感で互いに反応しあっていくわけです。グルーヴ感というものは、音楽はもとより、詩や小説、演劇美術、あるいはスポーツ、そしてスピーチや講義、恋愛やセックスにも発生するものです。これが発生しないとちっとも気持ちよくないんですよね。独りよがりな芸術、つまらない講義、自己中心的な恋愛というのはすべてグルーヴしていないのです。「クール・ストラッティン」にはそのグルーヴがふんだんに溢れていてそれが快感をもたらします。
ソロのトップはリーダーのソニー・クラーク。出だしということでずいぶん押さえめのシンプルなソロになっています。次がアート・ファーマーのペット。彼のもつある種の上品さ、抑制感がこの演奏のポイントとなっているように思います。というのも、もしこれがリー・モーガンで語尾をクイクイ上げまくっていたら、次に来るのがマクリーンですから、ねちっこさ、下品さが倍増して10分間(演奏時間)耐えられなくなっていたかも知れません(笑)
さて、マクリーンのアルトソロ。しょっぱい音色でピッチも怪しい感じがしますが、それをコミで聴くのがマクリーンの正しい鑑賞法です。語尾にクルリと小節を効かせるマクリーン節全開で、乗りのよいソロを取ります。再びソニー・クラークがソロに入ります。前回のソロとは違って3連符を多用し、タメにタメた粘っこくて黒人的なソロ。そのあとがポール・チェンバース。前半をアルコ(弓)弾きで、後半をピチカート(指弾き)のウォーキングで演奏します。これらのソロ、よく聴けば一人一人がすごいソロを取っているわけではなく、その一人一人の間を循環する気分がすごいということが分かります。2曲目の "Blue Minor" も実に名演。こういうマイナーキーの曲になるとマクリーンの「泣き」がよくフィットして感動的なソロになります。LPではこの二曲がA面を構成していて私も繰り返し繰り返し聴いたものです。このA面全部が「クール・ストラッティン」という一つの曲だと考えても差し支えないでしょう。
そのせいかB面をほとんど聴いたことがなく(笑)、ある時J-Waveをつけっぱなしにして勉強をしていたらどっかで聴いたような曲が流れてきて、これまたとてもいい演奏なので曲名を確認したところ、本盤のB面にある "Deep Night" でした。曲もいい感じで、最初スタンダードのコードを借りたオリジナルだと思ってライナーを見たら、これ自身がスタンダードでした。
ジャズ全体に多かれ少なかれ流れる気分。この気分をつかむのにこのアルバムは最適です。
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