イギリス人の老婆が名作と聞かされて『ハムレット』を見た後、感想を聞かれてこう言ったそうです:「何が名作なものかい!諺を引用してつなぎ合わせているだけじゃないか?」実際には、『ハムレット』が出典となって、後に諺となったわけですが、面白いエピソードだと思います。デクスター・ゴードンを聞くと、同じように色々なフレーズが引用されていることに気づくわけですが、彼の場合はシェークスピアとは違って実際に引用しているわけです。あまり引用が多いので、テーマに戻ったとき、「ずいぶん長い引用だな、丸々1コーラス引用しているじゃん!」と思ったことすらあるほどです。まあ作り話ですけれどね・・・ 8) しかし、デクの特徴はずばりこの引用フレーズとあまり細かいことは気にしない吹き方です。したがってデクファンの人は、引用フレーズが出るたびに「また出た!」といって喜ぶわけです。
このアルバムは1963年渡仏した折、すでにパリに居を構えていたバド・パウエルやケニー・クラークらとともに吹き込んだ演奏です。最初の予定ではケニー・ドリューが参加するはずでしたが、急遽バド・パウエルが参加したものの、バドの精神状態のせいで新曲を演奏できず、手馴れたスタンダードとバップ曲を演奏することにしたそうです。
1曲目 "Scrapple from the Apple" は "Honeysuckle Rose" のコードを使ったパーカーの曲。非常に勢いがあり、デクは競馬のファンファーレやブルースでよく用いられるリフ、さらに4バースでは「52丁目のテーマ」の一節を自在に引用しながら目くるめくアドリブを展開します。
2曲目の "Willow Weep for Me" はもともとがブルースっぽい進行を持っている曲ですが、けだるい感じでぶっきらぼうな演奏をします。テーマの吹き方からして独特です。フレーズ終わりの全音符や2分音符は単調さを避けて吹くものですが、ここでのデクは「ブッブー」とワンパターンに吹きます。しかしこれがデク独特の雰囲気をもたらして、結局やったもん勝ちのようなところで圧倒的に演奏が成立しているわけです。アドリブに入ると「オールマン・リバー」などを引用しながらレイドバックしてくつろいだソロを展開します。
3曲目の "Broadway" はベイシーのところでやったレスターの演奏が有名ですが、デクも出発点はレスターでした。アドリブに入るといきなり単音の繰り返しというロリンズ流の入り方をします。盛り上がってくるとオルタネート・フィンガリングを使ってみたりベンドさせてみたり、ハーモニックス(フラジオ)を出したりと、サックス奏法のショーケースのよう。このアルバムのハイライトと言ってもいいでしょう。エンディングのバドがカウント・ベイシー・スタイルのなのも楽しい。
4曲目 "Stairway to the Stars" はデク流バラード解釈の典型で、"Willow Weep for Me" と同様、伸ばすべき音を「ブッブー」とぶつ切りにしています。彼のバラードは甘さを排除して、決してムード・テナーに陥らないものです。
5曲目のバップ・チューン "Night in Tunisia" では「サマータイム」のフレーズや中東風のフレーズを出したり、パーカッシブトーンを使ったりと、やはり乗りに乗っています。バドのピアノソロ、ケニー・クラークのドラムソロもよい。
ケニー・クラークというドラマーは手数というかおかずが多くて、時にうるさく感じられるのですが、ここではデクがわざと単調でぶっきらぼうな吹き方をしているので、それを上手く補って相性がよく聞こえます。バドは中ぐらいのコンディション。ただコンピングだけでもバドだと分からせる個性はさすがです。ベースはフランスの名手ピエール・ミシュロ。この人は映画『ラウンド・ミッドナイト』でもデクと共演しています。
このアルバムは曲の親しみやすさ、メンバーのよさ、デクスターの個性が全開と非常によく出来た作品です。下のCDにはレコード時代にはなかった2曲が追加されているようです。最後の "Like Someone in Love" はバドのトリオ演奏かもしれません。
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