世間の評判はいいのに、自分にはピンと来ない作品というのもいくつかあります。もっと若くて血気盛んな頃は「あんなの誉めるなんて、気が知れない」と言わずもがなを言い歩いてトラブルを引き起こしていましたが、最近は少し大人になったせいか「これは私には縁がないようです」ぐらいで済ましていられるようになりました。アート・ペッパーで言うと最高傑作との誉れも高い Art Pepper Meets the Rhythm Section の良さが私にはちっとも分からずに困っています。吹き方もアート独特のきめ細やかな吹き方ではなくて、無理してハードに吹いているという感じです。リズムもマイルスのところでやっているほどの高い緊張感を維持しているとはとても思えず、いいのはデュナンの録音だけじゃないかと思えるほどです。しかし、きっとこれは私と縁がないアルバムだからでしょう。コルトレーンの『バラード』と同じです。
一方、この時期のアート・ペッパーで私が自信を持って推薦できるのが、今日取り上げる『モダン・アート』です。イントロ原盤で、LP時代には幻盤扱いされていました。私もなかなか手に入らずに千葉市内をうろついていたところ、街角の寂れたレコード屋のジャズコーナーにひっそりと置いてあって、ふるえる手つきでこれを買った思い出があります。まず、ジャケットがかっこいい。ボタン・ダウンのシャツの上にサキソニー地のスーツというブルックス・スタイルのアートがうつむき加減でポーズを取っていて、その脇にはアルト・サックス、背後にはアルバム・タイトルを暗示する「現代芸術(モダンアート)」の絵画が掛かっているわけです。この時点で既にヘロヘロジャンキーだったとは信じられないぐらいのかっこよさです。
一曲目の"Blues In"。ベン・タッカーのウォーキング・ベースのみを従えてアートがブルースを吹きますが、この構想力はどうでしょう!アウトラインぐらいは描いてあったのかも知れませんが、実にすぐれたインプロビゼーションです。この汲めども尽きぬフレーズの泉とニュアンスこそアートの特色です。二曲目の"Bewitched, Bothered and Bewildered"(魅せられて)というアリタレーション(頭韻)を踏んだタイトルのバラードでも、アートはニュアンスに富んだソロを取ります。ここではまた、ウェスト・コーストの雄、ラス・フリーマンのピアノもすばらしい。三曲目は"Stompin' at the Savoy" (サボイでストンプ)。アートのソロは、まるで歌詞を歌っているようにはっきりしたラインを持ったフレーズの連続です。つづく"What Is This Thing Called Love"はLP時代A面のハイライトとなっていました。ちょっと早めのテンポでマイナーキーと来ればアートの得意とするところです。後半には4バースが入ったりして盛り上がる演奏です。5曲目はLPの時にはB面のラストとなっていた"Blues Out"。 "Blues In"と同様にウォーキング・ベースだけを従えたインプロビゼーションですが、「イン」とは対照的に、グロールトーンやフラジオも使った力強いブルース演奏です。LPでは「イン」から始まって「アウト」で終わるという構成がはっきりとしていたわけです。
6曲目の"When You're Smiling"はレスターの名演で知られた曲です。リー・コニッツなどは自分のアルバムで、レスターのソロをまるまるコピーしてギターとユニゾンで吹いているほどですが、アートの演奏はそこまで丸分かりではないもののレスターの影響が顕著に現れたソロを取っています。7曲目の"Cool Bunny"は"Love Me or Leave Me"か何かのコードを使ったオリジナル曲です。"Diane's Dilemma"は"All of Me"でしょうか?コード進行に沿ってメリハリのついた演奏が繰り広げられます。
レコードではこの後「ブルース・アウト」が来て終わっていたのですが、CDではさらに問題の"Summertime"が来ます。この「サマータイム」は賛否両論で、絶賛する人は「アートの心情が直接的に吐露された稀代の名演」であると主張し、否定的な人は「ちょっと臭すぎる」といいます。啜り上げるような泣きでムード満点のアルト・サックスですが私はどちらかというと否定的です。ソニー・クリスの「サマータイム」のようにしつこい小節(こぶし)回しで聴いていて疲れるような演奏ではないですが、演奏と距離がとれず入れあげ過ぎているという印象です。それがいいと思う人には縁があるのでしょうが、ここまで入れ込まれるとちょっと引きます。いずれにせよ、この一曲はアルバムの中での異色作であることは間違いないでしょう。オリジナルでは外されていたことも理解できます。
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