マイルスのように息が長く、多面的で絶えず変化し続けたミュージシャンを紹介するのがもっとも難しく、いったいどれを取り上るべきか、どうやって紹介すべきか考えるだけで一日つぶれたりします。私自身も、マイルスのそれぞれのスタイルに、それぞれの思い入れがあり、どれを取り上げるかで言いたいことの半分は決まってしまうわけです。たとえば"Relaxin'"を取り上げておいて、「前進し続けるマイルス」を語るのは非常に難しい。なぜなら "Relaxin'"は前進、変化ではなく「完成」というキーワードで語るべきものだからです。一日中考えあぐねて、それでも埒があかないので思い切ってマイルスを通して私的なことを語ることにしました。
この一枚ははじめて買ったマイルスのLPです。ラジオでおそらく『ブラックホークのマイルス・デイビス』と思われる演奏を聴いて感激したからでした(もちろん『ブラックホーク』だと知ったのは後のことです)。ちょうどその頃TDKカセットテープのCMにマイルスが起用されていて、いわゆる70年代スタイルで演奏しているのを耳にして「なんだかジャズと言うより、怒って掻き鳴らしている感じのするいやな音楽だな」と悪印象をもっていたのですが、ブラックホークでの詩的なミュート・トランペットを聴いて認識を改め、レコード屋に買いに行きました。しかしアルバム・タイトルをまったく覚えていなかったので、店の人に「マイルスだけれど、うるさく掻き鳴らしていない古い時代のレコードないですか?」と尋ねたら紹介してくれたのがこれでした。
一曲目、"On Green Dolphin Street"。印象的なビル・エバンス(このLPではじめて耳にしたのです)のイントロからマイルスのテーマへ。なんという緊張感のある演奏!明るいわけでもなく、暗いわけでもなく、ブルースでもない、もっと浮遊したような雰囲気。そして同じ曲を演奏しながらも、ソロで登場するミュージシャンごとに変化するカラー。とりわけ、コルトレーン(彼をはじめて聴いたのもこのLPでした)が登場するや、それまでの景色が一変して新しい風景が広がる、そのスリル。この曲を聴き終わるや、買うことに決めました(ラジオで聴いたものとは違うことは分かっていたのですが、この一曲に打ちのめされました)。
え?どういうことだって?
今の若い人は知らないかもしれないけれど、昔はLP一枚買うとき、ちゃんと店の人に検盤(傷がないか確かめる)してもらって、店が混みあっていないときは冒頭の一曲ぐらい試聴(それも店中に流れるスタイル)させてもらってから買うかどうか決めたのです。もちろん気にくわなければ買わなくてよかったし、とくにこの時のように店の紹介で買う場合は向こうとしても客に確認してもらった方が後々のトラブルもさけられるのでよかったのです。
そういうわけで、この一枚を買ってきて早速聴いたのですが、さらに私を打ちのめしたのがB面1曲目の"Love for Sale"でした。ここでもソロが代わるたびに演奏のテクスチュアリティー(肌触り)が刻々と変化します。テンションの高いマイルスのミュート・ソロから、キャノンボールに替わるやはっちゃけて少しせわしない演奏になります。そしてコルトレーン登場。この雰囲気の変化はどうでしょう?ドラムのジミー・コブもあわせて奏法を変え、リムショット中心の叩き方に変化します。
私はこの一枚で、本格的にジャズにのめり込みました。ビートルズ小僧を経て、スイングジャズやサッチモをちらほら聴いていたジャズ小僧が、ついに引き返せないところにまで来てしまいました。マイルスに、エバンスに、コルトレーンに捕まってしまったのですから(笑)。そして、その奥にはパーカーが、バド・パウエルが待ちかまえていたのですから。
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