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二つの「チェロキー橋」 | jazz.info

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二つの「チェロキー橋」

March 31st, 2005 · No Comments

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パーカーの伝記映画「バード」はパーカー役の俳優が笑福亭鶴瓶に、妻のチャン役の女優もどことなく久本マチャミに面影が似ていて、別の番組を見ているような気になってしまう(笑)。さらに問題なのはパーカーの音楽観が著しく歪められている点で、パーカーがロックンロールに偏見を持ってアルトサックスを盗み出してしまうシーンなど、見ていていささか白けてしまう。実際のパーカーは芸術の間の障壁を認めていないのだから。一方、バップのアイデアを思いついた瞬間についてはレトリカルで雄弁である。「ある晩、俺が渡ったのはチェロキーの橋(ブリッジ)だった」というのがそれだ。この「橋を渡ってしまったチェロキー」をレコーディングしたものがサヴォイ・セッションの「ココ(ko ko)」。最初聴いたときはめまぐるしいだけで、こんなの一体どこがいいのか分からなかったが、何度も何度も聴くうちにその良さが見えてきた。
パーカーの「ココ」に刺激を受けたせいかどうかは分からないけれど、同じチェロキーで勝負を挑んだミュージシャンの一人がリー・コニッツであった。名盤サブコンシャス・リーB面1曲目の「マシュマロ」という演奏がそれだ。テーマはユニゾンを用いてパーカと一線を画しているけれど、アドリブに入るとどうしても「ココ」が見え隠れしてしまうところが面白い。全体のテクスチャーはしかし大違いで、パーカーが真っ赤な火炎だとすると、コニッツはむしろ青白いガス灯の炎のような感じである。「コニッツ」とコールすると、即座に「クール」とレスポンスが返って来るけれど、コニッツを聴いて「クール」だと感じた事など一度もない。いつも微熱を伴ったような演奏だなぁと感じていた。これは、コニッツがもともと「クール」などではなかったのか、それとも現代のほうがもっとクールな演奏が多くなって、相対的に熱く感じてしまうのかは判断のつかないところである。

この記事で取り上げたCD

Tags: alto sax · Konitz, Lee · Parker, Charlie · 雑記

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