バルネ・ウィランにはこのアルバムから入門したために、ずっと「パリの粋なエスプリを感じさせるテナー」という印象を持っていました。寺島さんも、その著書で「国立(くにたち)にはバルネがよく似合う」とおっしゃっていましたが、確かに雨の昼間の国立でこの『フレンチ・バラッズ』を聴いたらとても合いそうです。で、このアルバムから興味を持って他の作品を聴いていったのですが、ずいぶんとまた話が違う。同じ時期の他の作品ももっと前衛的なアプローチをしていたり、逆に極めて正統派のバップをやっていたりするし、若い頃の作品にいたってはハード・バップど真ん中だったりして驚きました。しかし、例外的な作品であるにせよ、この『フレンチ・バラッズ』は大傑作です。その証拠というわけではないですが、廃盤のためAmazonマーケットではなんだかとんでもない値段をつけて売られています。私の場合は一回アナログで再発された時にたまたま見つけて買いましたが、幸福な買い物でした。今でも折に触れて聴き続けています。
セッションは1987年6月24?26日、録音はフランスのイエール。Google Earthで調べてみると、パリ近郊の町のようです。メンバーはバルネ・ウィラン(ts)の他、ミシェル・グライユール(p)、リカルド・デル・フラ(b)、サンゴマ・エベレット(ds)のワン・ホーン・カルテット。曲はシャンソンを中心として全てフランス関係の曲で、それがタイトルの由来となっています。
A面1曲目「詩人の魂 (L'Ame des Poetes)」、シャンソン曲です。しかし、これが非常に深い印象を与えます。冒頭のテーマからフランスの香りがプンプン漂う。バルネの音色も深みが増した感じ。そして凄いのがドラムのサンゴマ・エベレット!彼のシンバル・ワークがこの演奏を傑作へと押し上げた感があります。いわゆるインタープレイでバルネに積極的に絡んでいくわけです。この1曲で打ちのめされました。
A面2曲目はミシェル・ルグラン作曲ですが、ジャズでもたまに取り上げられる "What Are You Doing the Rest of Your Life" 、邦題「これからの人生」。サブトーンを駆使して低音部を吹ききっている傑作で、テーマを歌い上げているだけですが哀愁感たっぷりです。3曲目「パリの空の下 ("Sous le Ciel de Paris")」はエディット・ピアフも歌っていたシャンソンの名曲。アップ・テンポの3拍子でAメロを低音部で吹き、サビから高音部に移ってそのままアドリブに突入しますがあっという間に終了。むしろ次のピアノがフィーチャーされた感じでなかなか聴かせるソロ。ピアノが終わって再びバルネ登場。少しソロを取ってエンディングという構成です。
A面4曲目は再びルグランの曲で、日本でも有名な「おもいでの夏 (Un Ete)」。ソプラノ・サックスでやはり哀愁たっぷりに吹き上げています。ラスト曲は「夢の城 ("Monoir de Mes Reves")。ジャンゴ・ラインハルト、フランス読みすればジャンゴ・レナールの曲です。ドラムが叩き出すビギンのリズムの上でバルネとグライユールがソロを取り、楽しい演奏が繰り広げられています。
B面1曲目は「枯葉 ("Les Feilles Mortes")」。フランス性を出すためにヴァースから演奏しています。テーマからは4ビートのミディアム。演奏時間はこのアルバムで最長の7分10秒でアドリブを4コーラスとっています。ただ4コーラス目はひょっとしたらピアノが入るはずだったのに入らなかったのか、バルネが途中から入っています。しかしどのコーラスもスムーズで美しいアドリブ。2曲目は再びルグランの曲で "Once upon a Summertime"。しかし、高井さんのライナーによると、これも元歌はシャンソンだそうです。ピアノを大きくフィーチャーした構成で、バルネも高音部にまでサブトーンを浸潤させさわやかに吹いています。ベース・ソロも出てきます。
B面3曲目はジャンゴの曲で "Tears"。ピアノレスの構成で、わりと自由にアウトしたり、パーカッシブ・トーンを繰り出したり、フリージャズに傾斜した経験をいい形で生かしています。そして最後は再びピアフとサッチモの名唱で知られるシャンソン曲「バラ色の人生 ("La Vie en Rose")」。冒頭からアドリブをはじめて、ちらちらとテーマの片鱗を吹きつつもじらせながら、最後の1コーラスでやっとテーマの全貌を明らかにするという心憎い構成。こういう「誰でも知っている」名曲にふさわしい仕掛けです。
下のリンク先はCDのもので、私の持っているLPよりもずっと曲数が多いです。値段はとんでもないものですが地道に中古レコードをまわれば、もっとリーズナブルな価格で求められるはずです。
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