バンドのサウンドをエクスパンドしようと常に努力を続けていたマイルスには、ワン・ホーン物は驚くほど少ない。そのうちの1枚で、全編これワン・ホーンで通したのがここで紹介する『ザ・ミュージングス・オブ・マイルス』です。別名『シャツのマイルス』。マイルスはこのレコーディングの6週間後、ニューポート・ジャズ・フェスティバルの演奏で名声を確立し、コロムビアからのオファーを受け、それがプレスティッジのマラソン・セッション、内緒で吹き込んだ『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』に繋がったことは、関係記事でもろもろ述べてきたとおりです。
このアルバムは1955年6月7日のレコーディング。メンバーはマイルスのほか、レッド・ガーランド(p)、オスカー・ペティフォード(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)で、第一次黄金クインテットの3名が揃っています。ワン・ホーンであるため、マイルスの歌心やトランペティズムが充分に表現されていて、聴いていて楽しくなり強面のマイルスとお近づき出来たような気分になります。
1曲目 "Will You Still Be Mine"。マット・デニスの曲で、トム・アデーア作詞の面白い歌です。「○○(とてもありえないようなこと)があったとしても」というフレーズを積み重ねていき、「それでもあなたは私のものかしら?」と落とす、六難九易のような内容。面白い歌詞なので紹介します。
恋人達が5番街をデートで散策しなくなっても、
この親しみに満ちた世界が終わりを告げても、
それでもあなたは私のものかしら?
タクシーがセントラル・パークの周りを走らなくなっても、
夏の宵闇に窓が明かりを灯さなくなっても、
愛がその秘密の火花を失ってしまっても、
それでもあなたは私のものかしら?
ハドソン川にかかる月がロマンチックでなくなり、
春が若者の空想を掻きたてる事もなく、
グラマーガールがその魅力を失っても、
サイレンが全て誤報になってしまっても、
恋人達が腕を組む気が失せてしまっても、
それでもあなたは私のものかしら?
コニー・ヘインズがトミー・ドーシー楽団で歌ったバージョンでは、さらに「ありえないこと」を追加して楽しい歌に仕上げています。
さてマイルスもまた、この曲のヒューモラスな面を理解して、軽妙に吹き流していきます。バックのオスカー・ペティフォードが、後のポール・チェンバースとは違って圧倒的な音量でゴンゴンと迫ってくるところも面白い。レッド・ガーランドもシングル・トーンで転がるようなソロを取っています。クインテット編成時に、マイルスはアーマッド・ジャマルに出馬を要請していたのですが、シカゴに安定した仕事を持っていたジャマルに断られ、レッド・ガーランドを迎えたそうです。また、ガーランドはボクサー出身であったので、よくマイルスにスパーリングの相手をさせられていたようです。
2曲目 "I See Your Face before Me" は一転バラード演奏。マイルスはものすごいピアニッシモで抑制されたテーマを吹きます。ピアニッシモが甚だしいので、雑音の多いところで聴いたらマイナス・ワンに聴こえるほどです。そのままレッド・ガーランドのカクテル・スタイルのピアノに移り、後テーマを同じくピアニッシモで吹いて終わります。3曲目はマイルス・オリジナルの "I Didn't"。 "So What" にも匹敵するシンプルなタイトルぶりの循環。フィリーが後半の4バースで張り切ります。
4曲目の "A Gal in Calico" は、その魅力的な演奏でしばしばテレビのBGMにも使われているトラックです。しかしここでのマイルスのミュートは凄い。トランペットでもサブトーンというのでしょうか、下のほうで広がっていく音の魅力が一杯です。晩年に世界ツアーで吹いた「タイム・アフター・タイム」でもこのサブトーンが出ていましたが、全く変わらない音色に驚きます。
5曲目の "Night in Tunisia" は有名なジャズ曲。作曲者のディジー・ガレスピー以来、この曲はハイノートを目一杯に突き上げ、「元気があれば何でも出来る」アントニオ猪木状態で吹くのが伝統ですが、マイルスはやはり抑制感をもたせてハイノートを連発するような体育会系の演奏はしていません。一箇所突き上げるところはありますが、それ以外は旋律を大切にした綺麗なソロです。ガーランドはなんだか早々にブロックコードに入っていますね。そしてここでもバックのオスカーが力強くベースをランニングさせています。フィリーのマイルスの4バースを終え、サビからテーマに戻ります。
6曲目 "Green Haze" は再びマイルスのオリジナル曲、といってもブルースです。この曲は最初にレッド・ガーランドがソロを取り、マイルスが二番手です。途中からダブルになりますが、マイルスのストレートなブルース・プレイもなかなか味がありますね。オスカー・ペティフォードもごつい音でソロを取り、マイルスに戻って終了。
じっくり聴けば聴くほど味の出てくるマイルスのワン・ホーンセッションでした。近々再発されるようです。
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