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	<title>jazz.fukao.info &#187; Kelly, Wynton</title>
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	<description>&#34;Louis Armstrong, Charlie Parker.&#34; (Miles Davis summarizing the history of jazz)</description>
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		<title>Wynton Kelly: Smokin&#039; at Half Note (Verve)</title>
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		<pubDate>Sun, 15 Jun 2008 14:43:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[guitar]]></category>
		<category><![CDATA[Kelly, Wynton]]></category>
		<category><![CDATA[Montgomery, Wes]]></category>
		<category><![CDATA[piano]]></category>

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		<description><![CDATA[『フルハウス』で共演したウェス・モンゴメリーとウィントン・ケリーは相性がよかったのか、このライブ盤で再び名演を繰り広げます。 録音は1965年6月と9月。場所はライブ録音がニュー・ヨークのクラブ「ハーフ・ノート」でス]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://jazz.fukao.info/img/31f991z7azl_sl500_aa240_.jpg" alt="halfnote" title="31f991z7azl_sl500_aa240_" class="jack" /><br />
『<a href="http://jazz.fukao.info/2007/10/31251.php">フルハウス</a>』で共演したウェス・モンゴメリーとウィントン・ケリーは相性がよかったのか、このライブ盤で再び名演を繰り広げます。</p>
<p>録音は1965年6月と9月。場所はライブ録音がニュー・ヨークのクラブ「ハーフ・ノート」でスタジオ録音がヴァン・ゲルダー・スタジオ。メンバーはウィントン・ケリー（p)、ポール・チェンバース(b)、ジミー・コブ(ds)のウィントン・ケリー・トリオにウェス・モンゴメリー(g)が加わった形になっています。</p>
<p>まず、何はともあれ1曲目の "No Blues" です。ウィントンはイントロの天才だけれど、ここでもまたその天才性が発揮されて｢絶対名演になる｣という感じのイントロ。トップ・バッターはウェス。畳み掛けるようなシングルトーンによるリフをしつこいぐらい繰り返して演奏のボルテージを高めていき、同時にグループの一体化(グルーヴ感)を構築するや、オクターブ奏法に切り替えスリリングなソロを展開。続いてコード奏法に移る。この展開を何コーラスにもわたって繰り返し、ソロ全体が大きなリフのようになっていますが、間然とするところは全くありません。ウィントンも伴奏をしながらウェスに聴きほれているような風情がします。続くウィントンは全盛期ほどの迫力はありませんが、ウェスと同じくしつこいようなリフを、珠を転がすようなタッチで弾いていきます。途中ウェスの合いの手に応えたりと充実したソロです。ポール・チェンバースのベースソロを経て合奏に戻って終わり。13分にわたる熱演ですが、スリリングな展開に時間を忘れ、あっという間に終わったような感じがします。</p>
<p>2曲目のバラード "If You Could See Me Now" はトリオによるドラマティックなテーマ演奏に続いて、ウェスのギターが先発。これがまたいい。レイド・バックした感じのゆったりとした展開の中に恐ろしいまでのテクニックをきっちり詰め込み、精緻を極めたソロになっています。この辺がグラント・グリーンとの違いでしょうか <img src='http://jazz.fukao.info/wp-includes/images/smilies/icon_cool.gif' alt='8)' class='wp-smiley' /> もっとも、グラント・グリーンも好みなんですがね。ウィントンのソロはそのままエンディングに入っていくような感じで、ドラマティックなソロ。</p>
<p>3曲目 "Unit 7" はベーシストのサム・ジョーンズによる作品。ウィントンが先発して華麗なソロを展開。その後登場のウェスは非常にエキサイティングです。</p>
<p>4曲目の "Four on Six" はウェス・オリジナルで｢サマータイム｣のコード進行を使っています。ウェスのソロは自分のオリジナルということもあって実に素晴らしい。ギター奏法のショーケースといっても過言ではありません。ウィントンは元歌｢サマータイム｣のメランコリックな気分がよく表れたソロです。ポールのソロはアルコ弾き。ジミー・コブのドラムソロまで付いています。最後の合奏で聞こえるのは歴史的な録音『ミントンズ・ハウスのチャーリー・クリスチャン』の "Swing to Bop (Topsy)" に聴かれるフレーズですね。</p>
<p>ラストはスタンダードの "What's New?"。ウェスによるこの曲のテーマ演奏を聴くと、彼のバラード解釈がパット・マルティーノにダイレクトな影響を与えていることが分かります。ウィントンのソロになるとイン・テンポに転じ、ドラムがステディーなビートを刻んでわりと明るめの雰囲気に変わります。その雰囲気を保ったままウェスがソロを半コーラス取りテーマに戻ります。味わい深いバラードだと思います。</p>
<p>『フル・ハウス』、『インクレディブル・ジャズ・ギター』と並ぶウェスの名盤。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B00008KKTK&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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		<item>
		<title>Wynton Kelly: Wynton Kelly! (Vee　Jay)</title>
		<link>http://jazz.fukao.info/2008/05/26269.php</link>
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		<pubDate>Mon, 26 May 2008 14:55:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Kelly, Wynton]]></category>
		<category><![CDATA[piano]]></category>

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		<description><![CDATA[ウィントン・ケリーがマイ･ベスト･フェイバリット･ピアニストであることは以前の記事にも書きましたが、その中でも最も優れているのが『ケリー･アット･ミッドナイト』であるのに対して大衆的な魅力は『ウィントン]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://jazz.fukao.info/img/413ra438mjl_sl500_aa240_.jpg" alt="wynton kelly" title="413ra438mjl_sl500_aa240_" class="jack" /><br />
ウィントン・ケリーがマイ･ベスト･フェイバリット･ピアニストであることは以前の記事にも書きましたが、その中でも最も優れているのが『ケリー･アット･ミッドナイト』であるのに対して大衆的な魅力は『ウィントン･ケリー(邦題『枯葉』)』にあると書きました。たしかに『ケリー･ブルー』という、より人口に膾炙されている名作もあるにはあるのですが、あのタイトル曲「ケリー･ブルー」は時代がついている。一方、この『枯葉』に聴かれるようなピアノソロは今でも十分通用するし、今でもこれほどスイングしているピアノはなかなか聴かれないのが事実です。</p>
<p>このアルバム、メンバーはウィントン・ケリー(p)、ポール・チェンバース(b)、サム・ジョーンズ(b)、ジミー・コブ(ds)です。</p>
<p>1曲目の "Come Rain or Come Shine"。ビル･エバンスの演奏が実にシンネリ・ムッツリしているのに対して、ケリーのそれは実に跳ね回って楽しそうです。邦題｢降っても晴れても」という割りに晴れが続いているようです(エバンスは雨続きのようですが）。2曲目はバラード "Make the Man Love Me"。歌伴の得意なウィントンですが、歌に丁寧なコンピングを施しているような名演になっています。</p>
<p>そして、タイトル曲の｢枯葉｣。これ、普通に使うコードとは若干違う解釈をしているんですよね、Bメロの部分が。まあ、それにしてもビル・エバンスとは別の行きかたを取りながら、これはこれでやはり潤みや哀愁のある名演に仕上がっています。</p>
<p>続く "Surrey with the Fringe on Top" (｢飾りのついた4輪馬車｣)も軽快なテンポながらも、イントロなんかエバンス風で笑います。やっぱり意識していたんでしょうね。しかし、アドリブに入ると、これはもうウィントンとしか言いようのない、個性全開のスイングするピアノに変わるところがまたよい。</p>
<p>5曲目 "Jone's Avenue"、6曲目 "Sassy"は共にケリーのオリジナル。後者はサラ・ヴォーンの愛称で、彼女に捧げられた曲だそうです。どちらも、オリジナルということもあって『ケリー・アット・ミッドナイト』に収められていそうな「乗りのよい」曲想です。</p>
<p>"Love I've Found You"はバラードで、しみじみとした曲想の中に左手の力と右手のつけるおかずも綺麗で、ケリーの絶頂期が捉えられています。バド派なんだけれど、バドのようにメランコリックではないケリーの魅力全開のトラックだと思います。続く "Gone with the Wind" はジミー・コブのドラムの妙技も聴けるスタンダード。ウィントン以上に歌っているドラムが魅力です。4バースにも聴かれますが、それ以前にウィントンのアドリブの背後に聴かれるドラムが魅力を振りまいています。</p>
<p>最後の曲 "Char's Blues" は冒頭にミキサー室の声が入ったあと、軽快なブルースが始まります。ウィントンらしく華麗なピアノソロに続いて、サム・ジョーンズのベースソロも聴くことができます。</p>
<p>ウィントン・ケリーの絶頂期を捉えたジャズ・ピアノファン必携の一枚です。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B000024YHR&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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	</item>
		<item>
		<title>Wes Montgomery: Full House + 3 (Riverside)</title>
		<link>http://jazz.fukao.info/2007/10/31251.php</link>
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		<pubDate>Wed, 31 Oct 2007 10:04:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Griffin, Johnny]]></category>
		<category><![CDATA[guitar]]></category>
		<category><![CDATA[Kelly, Wynton]]></category>
		<category><![CDATA[Montgomery, Wes]]></category>

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		<description><![CDATA[クリード･テイラー路線のウェス･モンゴメリーには批判も多いですが、私は嫌いではありません。しかし、しょせん｢嫌いではない｣といった程度の好みであって、『夢のカリフォルニア』を聴くときのテンションというの]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://jazz.fukao.info/img/fullhouse.jpg' alt='Full House' class="jack" /></p>
<p>クリード･テイラー路線のウェス･モンゴメリーには批判も多いですが、私は嫌いではありません。しかし、しょせん｢嫌いではない｣といった程度の好みであって、『夢のカリフォルニア』を聴くときのテンションというのはあまり高くない。というか、聴くというより流してる感じです。それでは本当に気合を入れて聴くべきウェスといえば何かと言うと、答えは簡単で、彼には前人未到の3大名盤があるわけです。それは『インクレディブル･ジャズ･ギター』、『ハーフ･ノートのウェスとケリー』、『フル･ハウス』。今回はその中からホーンも入っている『フル･ハウス』を取り上げてみようと思います。</p>
<p>このアルバムは1962年6月25日、カリフォルニア州バークレイのコーヒー･ハウス「ツボ」でのライブ録音です。メンバーはジョニー･グリフィン(ts)、ウェス(g)、ウィントン･ケリー(p)、ポール･チェンバース(b)、ジミー･コブ(ds)。</p>
<p>1曲目でタイトル･チューンの　"Full House" はウェスのオリジナル。タイトルの由来はポーカーの｢フル･ハウス｣、つまりウェスとグリフィンがペアでリズムがスリー･カードにひっかけられたという説と、店が満員という説の2つがあります。事実、地元新聞の報道と口コミがきっかけで、通りの曲がり角まで行列ができていたという話が残っているほどです。シンプルな構造をもったリフ曲でセッションの口開けにもよく演奏される曲。イントロからテーマまでギターとテナーのユニゾンで演奏されています。ソロの先発はウェス。ホーン･ライクなアドリブから徐々にギター的なソロへと盛り上げていき、短いリフを畳みかけながら、オクターブ奏法を繰り出します。続くソロは｢リトル･ジャイアント｣ジョニー･グリフィン。情熱的で力強いソロを取っています。ケリーのピアノはしみじみしていますが、彼にしてはずいぶん地味なソロ。</p>
<p>2曲目の "I've Grown Accustomed to Her Face" は『マイ･フェア･レディー』の挿入歌。この歌詞の和訳については<a href="http://jazz.fukao.info/2005/03/166.php">以前の記事</a>でも書きましたが「ブスは三日で慣れる｣という意味ではありません <img src='http://jazz.fukao.info/wp-includes/images/smilies/icon_razz.gif' alt=':P' class='wp-smiley' />  グリフィンとケリーが休んでウェス+ベース＆ドラムスという構成で味わい深いバラード演奏に取り組んでいます。</p>
<p>3曲目はディジー･ガレスピーのリフ曲 "Blue 'n' Boogie"。ソロはウェスから。シングル･トーン→リフのたたみかけ→オクターブ奏法と盛り上げていくウェスいつもの構成です。次はケリー。このアドリブは盛り上がっています。グリフィンもまたおなじみの上のほうで「キュー」となる音を駆使しながら熱のこもったソロ、周りの掛け声まで入っています。ここでさらに素晴らしいのが、ドラムのジミー･コブ。ほとんど連打状態でグリフィンのソロをさらに鼓舞しています。そのままテナー対ドラム、ギター対ドラムの4バースに入り、続いてピアノ対ドラムで再び4バース交換をしていますが、これはおそらくケリーが即興的に割り込んでその場でやったのでしょう。ドラムソロをちょっとやってテーマに戻ります。</p>
<p>4曲目の "Cariba" はウェスのオリジナル。カリブということでしょう、ラテン･ビートです。珍しくベースが先発ソロに挑み、続いてピアノとなります。ケリーはカリブ海からの移民で、こういう曲には抜群の相性を示し転がるようなタッチと楽しげな曲想で素晴らしいソロ。続くグリフィンは速吹きでシーツ･オブ･サウンドみたいなことをしたりファナティックに畳み掛けたりやりたい放題。続いてでてくるウェスはコード･プレイまで繰り広げています。凄い！</p>
<p>5曲目。スタンダードの "Come Rain or Come Shine"は「降っても晴れても」の邦題がつけられた名曲です。比較的アップテンポで演奏されていますが、ここでのグリフィンは、本当に「らしい」演奏です。グリフィンの特色を掴みたかったらこのアドリブを聴けば一発です。これを超えると、やり過ぎですってんコロリンになるんですがね <img src='http://jazz.fukao.info/wp-includes/images/smilies/icon_cool.gif' alt='8)' class='wp-smiley' /> ウェスのソロはこの曲をギターで弾くときのお手本みたいなもんです。シングル･トーン、オクターブ奏法、コード･プレイ、コンパクトに全部揃ってますよ。続くケリーは、本人名義でヴィー・ジェイに吹き込んだ『枯葉』というアルバムで、この曲の決定的解釈を披露していますが、そちらはミディアム･バウンスだったのに対して、こちらはアップテンポ。しかし転がるような音と跳ねるタッチでスイングしています。</p>
<p>LP時代のラスト曲が、ウェス･オリジナルの "S.O.S"。印象的な合奏を挟んだ急速調の曲です。後半、合いの手に聴こえるグリフィンのテナーが「ニャー」と猫みたいに聴こえる。例の「キューッ」って音なんですけれどね。</p>
<p>CDにはあと3テイク入っています。7曲目は "Come Rain"のテイク1。グリフィンに関してはこちらのほうが落ち着きがあっていい。ウェスはやはりテイク2（オリジナル）のほうがいいですかね。探り探りやっている感じですが、あからさまな三段論法になっていない分新鮮な感じもします。ケリーもオリジナル・テイクのほうがいい。S.O.Sはテイク2。こちらではグリフィンの合いの手が下を吹いているので「ニャー」とならずに盛り上がりに欠けます。最後にニャーとふた鳴きしてくれますが。9曲目はまったく別の曲で、 "Born to Be Blue"。スタンダードで、グリフィン抜きでやってます。途中でダブルタイム・フィーリングを挟みながら終始シングルトーンでホーン・ライクに進めていきます。ケリーの抑えたソロを挟んで、今度はオクターブ奏法に移行しますが決してこれ見よがしではない。実に味わいのある名演。LPの収録時間の関係で省かれたのでしょう。</p>
<p>上記3作はどれも名盤です。ハズレはありません。ギター一本でウェスの特色を掴みやすくコンパクトなのが『インクレディブル』、ウィントン・ケリーとの絶妙なインタープレイも聴けてスリリングなのが『ハーフ・ノート』、そしてホーンも入ってエキサイティングなのが『フル・ハウス』という感じでしょう。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B000SLI7OM&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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		<item>
		<title>Hank Mobley: Soul Station (Blue Note)</title>
		<link>http://jazz.fukao.info/2007/10/09242.php</link>
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		<pubDate>Tue, 09 Oct 2007 13:48:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Blakey, Art]]></category>
		<category><![CDATA[Kelly, Wynton]]></category>
		<category><![CDATA[Mobley, Hank]]></category>
		<category><![CDATA[tenor sax]]></category>

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		<description><![CDATA[ハンク･モブレーに関しては以前に『ディッピン』の記事で取り上げましたが、アドリブのラインがモゴモゴしているというか、フレーズがピシッと決まらないことがあるわけです。ところがあら不思議、この『ソウル･ステ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://jazz.fukao.info/img/soulstation.jpg' alt='Soul Station' class="jack" /></p>
<p>ハンク･モブレーに関しては以前に<a href="http://jazz.fukao.info/2007/08/20144.php">『ディッピン』の記事</a>で取り上げましたが、アドリブのラインがモゴモゴしているというか、フレーズがピシッと決まらないことがあるわけです。ところがあら不思議、この『ソウル･ステーション』でのワン･ホーンは実に味わい深い。モゴモゴな分、決して乱暴に吹き荒ぶことがないため、フレーズが穏やかにまとまっているわけです。</p>
<p>このアルバムは1960年2月7日のセッション。メンバーはハンク･モブレー(ts)、ウィントン･ケリー(p)、ポール･チェンバース(b)、アート･ブレイキー(ds)。素晴らしいメンツです。ハンクはブレイキーとはもちろん、ウィントン･ケリーとも相性がいい。というのも、彼のフレージングがバリバリ、パキパキしたものでないため、ウィントンにせよブレイキーにせよ、目一杯バックで仕事をするタイプでないとサウンドが間延びするんですね。特にウィントンはワン･ホーンものだとソロに、コンピングに大活躍しますが、このアルバムにもそのことは当てはまります。</p>
<p>1曲目 "Remember" はスタンダード。このアルバムは1曲目とラスト曲に有名なスタンダードを配し、真ん中の5曲はオリジナルという構成になっています。それにしても、この「リメンバー」はどうでしょう。ビリー･ホリデイのヴァージョンが有名ですが、インストものではまずトップに挙げられる名演です。まずテンポがよく、それがモブレーのフレージングを後押ししています。そしてウィントンのソロがこれまたよくできています。この曲だけでこのアルバムにはまる人は多いはず。</p>
<p>2曲目 "This I Dig of You" はオリジナル曲。テーマのあとはウィントンが先発。これまた素晴らしい。モブレーは途中モコモコし始めますが、ウィントンのピアノが推進力となって演奏を前に進めていきます。ブレイキーのドラミングも素晴らしく、ここではドラム･ソロも取っています。</p>
<p>3曲目の "Dig Dis" もオリジナルですが、ブルースです。冒頭2コーラスのウィントンに続いてモブレー。なかなかファンキーなソロですが、音色が丸く、オーバーブローにもならない（できない？）ので上品なブルースに聴こえます。茫洋たるテナー。再びウィントンがソロを取ってエンディングへ向かいます。</p>
<p>4曲目は "Split Feelin's"。曲名が示しているように、ラテン･ビートの部分と4ビートの部分が交互に出てくる構成の曲です。ソロの先発はモブレー。全編4ビートですが手癖フレーズがたびたび出てきて、「あ、また出た！」と嬉しくなります。ソロの後半でコルトレーンみたいなことをしていますが、ピシッと決まらないところが彼らしい。ウィントンは、全く間然とするところのないソロでびしっと決めています。最後にテナーとドラムの4バースを経て、再びラテン･リズムのテーマが出てきます。</p>
<p>5曲目はタイトル曲の "Soul Station"。16小節のかなりファンキーなナンバー。自作でかつ得意なファンキー･チューンということで、モブレーはレイドバックしてくつろいだソロを展開します。3コーラスそれぞれに違う展開というか狙いを持ったソロで構成力も感じさせます。ウィントンは力強くレイドバックしたソロで、なんだかブルースものをマッタリと弾くときのオスカー･ピーターソンみたいな出だしです。もっとも球を転がすような単音フレーズになると彼の個性がはっきりと出ています。ベースのポール･チェンバースもきっちりワン･コーラスソロを取り、テーマに戻ります。ドナルド･バードの「エイメン」も16小節のファンキー･ナンバーだったと思いますが、それと並び称されるような16ファンキー曲です。</p>
<p>最後は再びスタンダードで "If I Should Lose You"。哀調ある曲想が魅力でパーカーもストリングスで吹いていました。面白いのは、モブレーのソロがまさに「哀愁」を強調したものであるのに対して、ウィントンのソロはここでも元気に跳ねて転がっているところです。</p>
<p>ハンク･モブレー入門としてはぜひ聴いておきたい一枚です。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B000TLYFHE&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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	</item>
		<item>
		<title>Lee Morgan: Lee Morgan Vol. 3 (Blue Note)</title>
		<link>http://jazz.fukao.info/2007/09/03167.php</link>
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		<pubDate>Mon, 03 Sep 2007 14:09:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Kelly, Wynton]]></category>
		<category><![CDATA[Morgan, Lee]]></category>
		<category><![CDATA[trumpet]]></category>

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		<description><![CDATA[クリフォード・ブラウンの吹く「アイ・リメンバー・クリフォード」が聴きたいという笑い話が、ジャズ界にはあります。似たような話に、バディー・ボールデンの吹く「バディー・ボールデンの思い出」が聴きたいというの]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://jazz.fukao.info/img/leevol3.jpg' alt='Vol3' class="jack" /></p>
<p>クリフォード・ブラウンの吹く「アイ・リメンバー・クリフォード」が聴きたいという笑い話が、ジャズ界にはあります。似たような話に、バディー・ボールデンの吹く「バディー・ボールデンの思い出」が聴きたいというのがありますが、どちらも故人を偲んで作られた曲なので、当人の演奏は聴ける筈もないところがポイントなわけです。おまけに、バディー・ボールデンにいたっては伝説だけで録音が残っていないので二重におかしい話となります。これをヒントにして「Youの歌う "I Remember You" を聴きたい」といったら、「だったらYouに頼めばいいじゃないか」と言い返されたことがあります。違いない。ちゃんとものを考えてから発言しないといけませんやね。</p>
<p>アリソン・フェリックス嬢の活躍を祝して、リー・モーガンを続けて紹介します。名曲 "I Remember Clifford" は、クリフォード・ブラウンの急逝の後、ベニー・ゴルソン(ts)が彼を偲んで作曲し、このアルバムでリー・モーガンが吹き込みました。あまりにも哀切極まりない曲想で大ヒットし、その後様々なミュージシャンが吹き込みました。ピアノ、テナー、ギターと様々な楽器で演奏されますが、やはりクリフォードをイメージした曲のせいか、トランペットでの演奏にその華があると思います。</p>
<p>このアルバムは全曲ベニー・ゴルソンによる作曲で占められています。ベニー・ゴルソンの作曲の腕は素晴らしく、魅力的な楽想の曲を数多く生み出しているのですが、不思議なことにテナーの演奏となるとさっぱりです。決してヘタではなく、楽器のコントロールもできているのですが、全然爆発しない、旋律性が感じられないジタジタした感じのソロになるのが不思議でなりません。メンバーはリー・モーガン(tp)、ジジ・グライス(as)、ベニー・ゴルソン(ts)、ウィントン・ケリー(p)、ポール・チェンバース(b)、チャーリー・パーシップ(ds)のセクステット(6重奏団)編成。57年3月のセッションです。クリフォードが亡くなったのは前年の6月です。</p>
<p>1曲目 "Hasaan's Dream" はイントロこそ中近東の雰囲気を出していますが、テーマに入るとマイナーブルースで、やがて来る「ファンキー時代｣すら予感させます。それもそのはずで、ファンキー時代の重要な要素の一つが｢ゴルソン・ハーモニー｣つまり、ベニー・ゴルソンの作り出す和声進行なのです。ソロの先発はリー・モーガン。はつらつとしています。続いてジジ・グライスのアルト。最初は突拍子もない大胆な入りをしますが、後はなんとなくジャッキー・マクリーンのよう。ゴルソン先生は、まあ吹いています。</p>
<p>2曲目 "Domingo" はベニー・ゴルソンの先発。コールマン・ホーキンスのようなソロを取っています。続くリー・モーガンはやはりいいのですが｢パーララ、パーララ」とクロマティックで上がっていく、初心者風の手癖がちょっと目に付きます。ジジのアルトは相変わらず軽い音色でちょっと不思議なフレーズを吹いています。ウィントン・ケリーのソロもいまいち爆発していません。</p>
<p>3曲目にして永遠の名曲 "I Remember Clifford"。テーマ演奏もさることながら、アドリブに入っても、元の曲想と馴染んで突飛な感じがせず、それでいて頻繁に裏に入ってもいる。実に上手いアドリブで、これが19歳の少年の演奏とは思えません。続くウィントンのピアノ・ソロも倍テンで軽快に弾き、元曲に変化をつけています。後テーマも哀愁が深く実によくできた演奏です。</p>
<p>4曲目 "Mesabi Chant" は34小節の構成で13-8-13という変わった構成です。そのせいかサビの入りでジジなど躓いているところもご愛嬌。これでゴルソンまで躓いたら洒落になりませんが。しかし8-12-16-32と聴き慣れている耳には、一瞬「え？」と感じさせる曲ですね。5曲目 "Tip Toeing" はいわゆるファンキーナンバーで16小節。ポール・チェンバースの地面にめりこむようなソロから、ゴルソンの吹き荒ぶテナー、またも入りが奇妙なジジのアルト、おどけたようなリーのペット、ブルースフィーリング溢れるウィントンのピアノを経て、ベース・ドラムのブレークを挟んでテーマに戻ります。</p>
<p>他の曲も悪くはないのですが、やはり "I Remember Clifford" 一発の魅力でこのアルバムは持っています。しかし、この1曲だけでもアルバム全体の価値に匹敵する、そんな名曲です。今月再発盤が出る予定です。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B0000076HI&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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		<title>Miles Davis: Kind of Blue (Columbia)</title>
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		<pubDate>Sat, 18 Aug 2007 15:11:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Adderley, Cannonball]]></category>
		<category><![CDATA[Coltrane, John]]></category>
		<category><![CDATA[Davis, Miles]]></category>
		<category><![CDATA[Evans, Bill]]></category>
		<category><![CDATA[Kelly, Wynton]]></category>
		<category><![CDATA[trumpet]]></category>

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		<description><![CDATA[学歴社会から実力社会になったほうがいいと、学歴どころか「学」のない人がたまにご高説を述べていらっしゃいますが、そうなった時に真っ先に消えていくのはご自身だと分かっているのでしょうか？学歴社会ならば安定し]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://jazz.fukao.info/img/51atgwhl0pl__aa240_.jpg' alt='Kind of Blue' class="jack" /></p>
<p>学歴社会から実力社会になったほうがいいと、学歴どころか「学」のない人がたまにご高説を述べていらっしゃいますが、そうなった時に真っ先に消えていくのはご自身だと分かっているのでしょうか？学歴社会ならば安定したコースに乗っていけば、ある程度の保証があるのに対して、実力社会といったら、あんた、実力すらないあなたには厳しい社会だよ、と言いたいわけです。</p>
<p>などと思いっきり皮肉を言っていますが、このアルバムとどういう関係があるんでしょう？『カインド・オブ・ブルー』を語るとき、いわく「コード進行の呪縛に囚われていたジャズ界を解放した」、「バップの限界を打ち破りより自由な演奏をもたらした」などという紋切り型が横行していますが、これと上の図式とがよく似ているなと思ったわけです。バップが呪縛であってモードが解放というのは、ちょうど「学歴」という呪縛から「実力」という解放に向かうという神話の相似形です。確かにIII-VI-II-Vをなぞっていればそこそこ形になるバップに比べてモーダルな演奏というのは何でもありで自由ですが、何でもありすぎで、そこに本当の実力がないと単なるスケールの上下になってしまう。でも、本当に本物の、それこそ0から一瞬にして作曲できて手癖に陥らず、おまけに人に感動を与えられる人物なんていうのは限られていますからどういうことが起きるのか？結局、バップの時と同じく「らしいストックフレーズ集」なんかが出回って、それを必死で覚えて当てはめていくという、解放でもなんでもない結果に終わっています。</p>
<p>マイルス自身は『カインド・オブ・ブルー』を「失敗だった」といっています。これは紛れもない事実です。しかし世の中にはいったん褒めてしまった言葉を取り消せない人も多いらしくて、『自伝』の記述を全く無視して声高に自説を語って、最後は「いいからいいのである」などと寺島さん顔負けのトートロジーで言い切ってみたり、奥歯に物の挟まったような遠まわしな物言いで『自伝』そのものを貶してみたり、果ては「訳者の中山康樹の誤訳である」などと談じているので、てっきり原文をご存知がと思って尋ねたら梨の礫だったり、「ここまで言えるマイルスはやはり偉いのである、そうなのである」と話を微妙に逸らせたり、色々工夫しているわけです。</p>
<p>私の考えだと、これを「失敗作」と言ったマイルスが実際に狙っていたのは、例えば第2次黄金カルテットや『ビッチ』、あるいは『アガルタ』『パンゲア』のようにゆるゆるフォーマットの上に実力者が一堂に会してインタープレーを行うようなスタイルだったのではないかと思うわけです。その狙いに比べて、『カインド』は曲構造こそモーダルだけれど、結局順番にソロを回し、おまけにキャノンボールに至ってはトゥーファイブに分解してソロを組み立てていたりして、結局バップの延長線上に過ぎないと思ったんじゃないか？こう推測するわけです。ポリフォニックな展開を期待していたのに結局モノローグが羅列されていくだけの展開。この辺のことをマイルスは敢えて「失敗作」と厳しく批判していると思うのです。</p>
<p>このアルバムの魅力は一言で言うと気配・雰囲気です。ベースソロから徐々に立ち上がってくるイキフン。これに尽きると思います。そして、これまでのジャズのように結節点を目指してドミナント・モーションを展開させて句読点を打っていくのではなく、常に浮遊した感じでうねうねと彷徨っていくソロ。このあたりが素晴らしいと思うわけです。『カインド』から遅れること40年、グレゴリオ聖歌ブームが来たり、エンヤブームが来たり、ビョークが流行したり。改めてマイルスの先見性を立証しているのは事実だと思います。</p>
<p>ちなみに私も「ソー・ホワット」を一度セッションでやりましたが、DドリアンからE♭ドリアンに変わるところが分からなくて、ピアニストに目で合図してもらっていました <img src='http://jazz.fukao.info/wp-includes/images/smilies/icon_cool.gif' alt='8-)' class='wp-smiley' /> </p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B000002ADT&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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		<title>Wynton Kelly: Kelly at Midnight (Vee Jay)</title>
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		<pubDate>Fri, 26 May 2006 11:54:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Kelly, Wynton]]></category>
		<category><![CDATA[piano]]></category>

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		<description><![CDATA[ジャズピアニストは数多くいるけれど、私が一番好きなピアニストはウィントン・ケリーです。バド・パウエルには畏れ多いところがあるし、モンクは一ピアニストとして好きというよりも作曲家、リーダーとして尊敬できる]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://fukao.info/img/atmidnight.jpg" class="jack" alt="kelly at midnight" /></p>
<p>ジャズピアニストは数多くいるけれど、私が一番好きなピアニストはウィントン・ケリーです。バド・パウエルには畏れ多いところがあるし、モンクは一ピアニストとして好きというよりも作曲家、リーダーとして尊敬できるのに対して、ウィントンは一ピアニストとして最も好きなのです。</p>
<p>昔から漠然とイメージしていたジャズ・ピアノのイメージとウィントンのピアノがドンピシャリで一致したからだと思います。ケニー・ドリューではおとなしすぎる、トミフラでは綺麗過ぎる、ビル・エバンスでは繊細すぎる、オスピーでは馬鹿テク過ぎる、キースは唸り声がうるさすぎる（とあえて粗探しをしているのですが）のに対して、ウィントンのピアノは｢ジャズピアノはかくあるべし」というイデアとしてのジャズピアノ、ジャズピアノという唯名論的概念はウィントン・ケリーという実体的な存在から導き出されたのではないかと思えるぐらいのイデアぶりです(ホンマかいな）。そういえば昔、清水ミチコが｢ドのジャズ｣という音階の｢ド｣だけでジャズを弾いていたのですが、これが彼のピアノスタイルそっくりでした。いわゆるジャズ以外の人がジャズを見よう見まねでやると必ず音が跳ねるんですね。で、意外なことに跳ねるとスイングしないんです。ところがウィントンの場合、跳ねているんだけれどスイングしている。キング・オブ・スイングはベニー・グッドマンではなくてウィントン・ケリーにこそふさわしい称号なのです。</p>
<p>ウィントン・ケリーはマイルスの賛辞「奴はマッチみたいなものだ。奴がいないとタバコが吸えない（マッチがないとタバコに火がつけられないように、ウィントンがいないと演奏に火がつかない）｣からも伺えるように、サイドマンとして引っ張りだこでした。その証拠にアマゾンで｢ウィントン・ケリー｣と入れて検索してみてください。一番目が <em>Giant Steps</em>、二番目が <em>Smokin' at the Half Note"</em>、三番目が <em>Soul Station</em>です（4.12現在）。コルトレーン、ウェス・モンゴメリー、ハンク・モブレーのリーダー作です。この他にも、マイルスの <em>Kind of Blue</em> や <em>Someday My Prince Will Come </em>、ブルー・ミッチェルの <em>Blues Moods</em> や リー・モーガンの <em>Vol. 2</em>など数多くの名盤に参加していて、さながら「第二の名盤請負人」という感じです(第一の名盤請負人はトミフラです）。</p>
<p>一方リーダー作というと真っ先に挙げられるのが <em>Kelly Blue</em> ですが、これはちょっと時代がついている。特にタイトル曲なんかは"Moanin'"や"Cool Struttin'"と同じで｢あの頃のジャズ｣という感じがする。ピアノ・トリオの作品というとブルーノートにも確か一枚あった(10インチだったと)思いますが、代表的なのは今日取り上げる <em>Kelly at Midnight</em> と<em>Wynton Kelly</em>(ウィントン・ケリーの『ウィントン・ケリー』じゃ分かりづらいので、一般に邦題は『枯葉』となっています）のVee Jay二枚が有名です。『枯葉』が曲の魅力で聞かせるのに対して、『ケリー・アット・ミッドナイト』は演奏の魅力、そして多分にドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズの魅力で聞かせるアルバムです。特に、後半二曲はウィントン、フィリー、そしてベースのポールチェンバース三人による至福のピアノ・トリオ演奏が収められています。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B0000677R0&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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