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	<title>jazz.fukao.info &#187; bass</title>
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	<description>&#34;Louis Armstrong, Charlie Parker.&#34; (Miles Davis summarizing the history of jazz)</description>
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		<title>Herbie Hancock: Maiden Voyage (Blue Note)</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Jul 2008 12:52:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Carter, Ron]]></category>
		<category><![CDATA[Coleman, George]]></category>
		<category><![CDATA[Hancock, Herbie]]></category>
		<category><![CDATA[Hubbard, Freddie]]></category>
		<category><![CDATA[piano]]></category>
		<category><![CDATA[Williams, Tony]]></category>

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		<description><![CDATA[ちょうどジャズに興味を持ち出した頃、奥平真吾さん(当時11歳！)がデビュー作『処女航海』をリリースして、おまけに彼と私が一歳違い。にもかかわらずこの大きな違いは何なんだ！？という大きな疑問にぶち当たりました。さ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://jazz.fukao.info/img/41dg378mbwl__aa240_1.jpg" alt="maiden voyage" title="41dg378mbwl__aa240_1" width="240" height="240" class="jack" /></p>
<p>ちょうどジャズに興味を持ち出した頃、奥平真吾さん(当時11歳！)がデビュー作『処女航海』をリリースして、おまけに彼と私が一歳違い。にもかかわらずこの大きな違いは何なんだ！？という大きな疑問にぶち当たりました。さいわい「才能の違い」という答えがすぐ見つかり、この疑問は解決しましたがね <img src='http://jazz.fukao.info/wp-includes/images/smilies/icon_cool.gif' alt='8)' class='wp-smiley' /> その後、この曲がハービー・ハンコックの代表作であり、ジャズ史にも影響を与えたエポック・メイキングな作品だったと知ったのはだいぶ後のことです。</p>
<p>最初にこのタイトル曲を聴いた時は、とくかく「クールな音楽」「抑えに抑えた音楽」という印象を持ちました。いわゆるクール・ジャズは『クールの誕生』をはじめ、ゲッツやコニッツなど聴いていたのですが、以前も書いたとおり、あまり彼らの音楽を「クール」だと感じたことはありません。一方で "Maiden Voyage" のイントロからして抑制感の極み。ジョージ・コールマンのサックスもショーター的というか、独自の抑揚を持っていて、激しく上昇下降するバップや音を敷き詰めて熱くうねっていくコルトレーンとは違う、クールなフレージングです。普段は熱い、いや暑いことすら多いフレディー・ハバードのトランペットも、実に抑えたブローイング。ハービーさんも、当然のように内省的なソロを取っています。普通、これだけ抑えていると退屈なものに仕上がるのですが、バックのトニー・ウィリアムスだけが自由に暴れているため、演奏をエキサイティングに仕上げています。</p>
<p>2曲目 "The Eye of the Hurricane"。「処女航海」ほど抑えられたものではなく、トニーのドラムを推進力にしてかなりバリバリ進んでいます。フレディーが1曲目とは打って変わって爆発的なブローイングでソロを取り、それに呼応するかのようにコールマン、ハービーも攻撃的なソロを取って演奏を盛り上げています。</p>
<p>3曲目は "Little One"。スローテンポのイントロから、イン・テンポになると3拍子で奏されます。コールマンの出だしはコルトレーンみたい。ちょっと懐かしいような哀愁あるフレーズでソロを構成していて、私のお気に入りでもあります。フレディーのソロもわりと崩し気味に吹いて、それをトニーが煽るという構成で面白い。ピアノは横に広がりのある和声を強調した幻想的なソロです。ロン・カーターのベースソロを経てテーマに戻ります。この曲はマイルスの『E.S.P.』にも吹き込まれています。私見ではマイルス盤の方により興味があります。</p>
<p>4曲目の "Survival of the Fittest" は「適者生存」という進化論の用語で、「音楽とどんな関連があるんだろう」と考えていた時期もありましたが、ある時「ジャズ曲のタイトルにはあまり意味がないものが多い」という記事を読んで納得した記憶があります。もっとも、こんな激しい曲をやったら「適者」じゃないと落ちてしまうような気もします。テンポを自在に動かして、フリーな展開を入れているところが興味深い。相当に相手の音を聴きあって、それに対して瞬時に反応できる連中でないと、ここまでフリーでありながら音楽を成立させることは難しいんじゃないかと思います。そういう意味では確かに「適者生存」かもしれません。ひところ、こういう音楽は難解な感じがして避けていましたが、今では違和感なく聴いています。感性も経験によって変容するのでしょう。</p>
<p>最後の曲 "Dolphine Dance" は、いまやスタンダード化された感のある名曲です。美しい旋律とモーダルな曲想が十分に生かされた雰囲気が素晴らしい。フレディーは曲の穏やかさをこわさない範囲で自由にソロを爆発させ、つづくコールマンも持ち味である甘めのムードを全開にしています。ハービーのソロも素晴らしく、何度でも聴き返したくなる演奏で、1曲目「処女航海」と並ぶ名曲・名演奏。</p>
<p>録音は1965年3月17日。メンバーはフレディー・ハバード(tp)、ジョージ・コールマン(ts)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B000XAMEU6&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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		<title>Lester Young: With Oscar Peterson Trio (Verve)</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Oct 2007 10:51:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Brown, Ray]]></category>
		<category><![CDATA[Kessel, Barney]]></category>
		<category><![CDATA[Peterson, Oscar]]></category>
		<category><![CDATA[tenor sax]]></category>
		<category><![CDATA[Young, Lester]]></category>

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		<description><![CDATA[日記ブログのほうにも書いたことですが、授業で観たサッチモの伝記映画の中で、ウィントン･マルサリスが印象的なことを述べていました。「晩年のルイはテクニックが無くなったから買わないという人がいるが、そういう]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://jazz.fukao.info/img/51xmsb8r0cl__aa240_.jpg' alt='Lester with Oscar' class="jack" /></p>
<p>日記ブログのほうにも書いたことですが、授業で観たサッチモの伝記映画の中で、ウィントン･マルサリスが印象的なことを述べていました。「晩年のルイはテクニックが無くなったから買わないという人がいるが、そういう連中は何も分かっていない。テクニックと速さを混同しているんだ。最高のテクニックはニュアンスである。それは人生と共に洗練されていったものだから、誰にも出せない」という彼の発言は、本人が一番学ばなければいけないような気がしないでもないですが、正しいと思います。そしてその直後に流れる歳をとったサッチモの「明るい表通りで」の演奏がナミダモノ。「ウェストエンド･ブルース」のように精緻なフレージングではなく著しく簡素化されたフレーズであるにもかかわらず、一音一音が持つ表情が豊かで深い。マイルスの場合も晩年、たとえば『ワールドツアー』のようなアルバムで聞こえてくる音は、実に深い陰翳があります。谷崎ではないですが陰翳がなければ面白くないわけです。そういえば、一時期調子に乗って「モーツアルトは陰翳がなく一本調子だからつまらない」などと放言したら、クラシックに詳しい人に呼ばれて、いろいろな演奏を聴かされて、自分が間違っていることに気づきました。演奏する人によって深い陰翳やニュアンスが生まれてくるということを知ったからです。</p>
<p>レスター･ヤングも全盛時代は凄かったが、軍隊生活以降はめっきりやる気を失ってダメになったというのが通説として言われていますが、これは疑問です。確かにあまりに無名で能力も怪しい連中と組まされた時や、本人の資質とまったく合わないJATP･ジャム･セッションなどではすっかりやる気を失っているような演奏もありますが、メンバーによっては実に深いニュアンスを持った演奏を行っています。全盛時代ほどの目くるめくフレーズ展開はないものの、一音にこもった音楽的な力はいささかも衰えていないのです。ここで紹介する『レスター･ヤング･ウィズ･オスカー･ピーターソン･トリオ』もそんなアルバムの一枚です。タイトルに「トリオ」と銘打っているくせに、レスター(ts)、オスカー･ピーターソン(p)、バーニー･ケッセル(g)、レイ･ブラウン(b)、J.C.ハード(ds)というクインテット、リズムが4人もいたりなんかして、ヴァーヴらしいといえばヴァーヴらしいタイトルです。演奏は1952年11月28日。曲目は下のリンク先のAmazonに全部載っていますし、便利なことに試聴までできますからそちらに譲ります。</p>
<p>特筆すべきは2. "I Can't Get Started"、そして、6から12にかけてのバラード銀座というか、名バラードの目白押しの部分です。とりわけ8. "On the Sunnyside of the Street" にはサッチモのバージョンと同じレベルの感情の深みがあり、「明るいのに暗い」「楽しいのに寂しい」というあい矛盾した情緒が同時に押し寄せるような域に達しています。まあ、この頃のレスターには、どの演奏にもそうした特色があるのですけれどね。わりとフェイクを強く施したAメロの演奏に続いて、サビはアドリブしています。そして再びでてくるAメロ部分でのたたみ掛けるようなフレーズの寂しさ。何かを思い出すようなフレーズです。2コーラス目のサビはこれまた深いニュアンスが込められ、その後のAメロでは一部音が出なくなっていますが、それが少しもこの演奏の価値を下げていない。非常に優れた演奏です。</p>
<p>私はテクにばかり耳が行ってしまったり、ジャズの原点を忘れそうになったりしたときに、耳をリセットするような意味でこのアルバムを聴きます。こっそり思っていることですが、有名な『プレズ･アンド･テディー』よりも一段深い演奏のような気がしています。</p>
<p>下のアルバムは輸入盤でジャケ違いです。いずれ国内盤が再発されるので、そちらを求めたほうがいいと思いますが、試聴ができるのでリンクを貼っておきます。(2009年8月現在、リンクのジャケがオリジナルになっているようです)</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B0000047D9&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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		<title>Barney Kessel: The Poll Winners (Contemporary)</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Aug 2007 13:29:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Brown, Ray]]></category>
		<category><![CDATA[guitar]]></category>
		<category><![CDATA[Kessel, Barney]]></category>
		<category><![CDATA[Manne, Shelly]]></category>

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		<description><![CDATA[自慢するようで恐縮ですが、このレコードは溝あり盤で持っています。購入金額は新品CDぐらいだったので、贅沢したわけではなく私も気づかぬまま、いつの間にか手元に来ていました。ジャズ・ギターに目覚めてギター入りや]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://jazz.fukao.info/img/514uhmylkgl__aa240_.jpg' alt='The Poll Winners' class="jack" /></p>
<p>自慢するようで恐縮ですが、このレコードは溝あり盤で持っています。購入金額は新品CDぐらいだったので、贅沢したわけではなく私も気づかぬまま、いつの間にか手元に来ていました。ジャズ・ギターに目覚めてギター入りやギターリストのアルバムを集めていた時にたまたま見つけたものです。ノイズは少しありましたが、クリーニングするとかなり減って音も蘇りました。そうすると見えてくるのがロイ・デュナンの録音の技です。ロイ・デュナンはレコーディング・エンジニアで50年代西海岸のコンテンポラリーレーベルを中心として数々の名録音を残しました。東海岸のルディー・ヴァン・ゲルダーが中音域にエネルギーを集めた創作的な録音スタイル（一説には、レコード購買層の再生システムを考慮して、そういう録りかたをしたといわれています）だったのに対して、ロイ・デュナンは左右に広く音場をとり、比較的色付けの少ない録音です。とりわけドラムの音が素晴らしく、このアルバムでも名手シェリー・マンの妙技が十分に録音されています。</p>
<p>ポール・ウィナーズは1956年度の『ダウンビート』、『メトロノーム』、『プレイボーイ』各誌における人気投票でポールウィナー（ナンバーワン）になったバーニー・ケッセル(g)、レイ・ブラウン(b)、シェリー・マン(ds)による臨時編成のトリオです。第1作がこのアルバム。しかし評判がよかったようで続編が何作か作られることになりましたが、一番魅力的なのはこの1作目だと思います。</p>
<p>A-1. Jordu<br />
デューク・ジョーダンの曲で、ジャズメンがよく取り上げます。｢笑っていいとも｣で｢チョイ悪オヤジ｣コーナーというのがあって、そこでBGMに使われていました。かなりのアップテンポで、緊張感を持った演奏に仕上がっています。</p>
<p>A-2. Satin Doll<br />
緊張感のある "Jordu" が終わってふっと一息ついたあと、リラックスしたミディアムテンポで始まるこの間がとても好きです。エリントンの曲。あまりにもリラックスして軽々と弾いているのでコピーしようと思い、ちょうど『ジャズライフ』にコピー譜が掲載されていたので試してみましたが、難しいこと難しいこと。見ると聞くとは大違いといいますが、聴くのとやるのとでは更に大違いだということが身につまされました。同時に、軽々とやっているように見えるものほど実は難しいということも実感としてわかりました。名演です。音のプレゼンスも非常によい。</p>
<p>A-3. It Could Happen to You<br />
"Everything Happens to Me"とたまに区別がつかなくなる曲です。綾戸智絵と上戸彩ぐらい似ています。マイルスはわりと速めのテンポでやりましたが、ここではかなり速度を落としてくつろいだ演奏。ベースのレイ・ブラウンもよく歌うソロを取っています。</p>
<p>A-4. Mean to Me<br />
ビリー・ホリデイの歌でも有名ですが、ここでは文字通り「小唄」として解釈したテーマからアドリブに入ります。こういう小唄の場合、ケッセルのソロは師匠のチャーリー・クリスチャンの影響がもろに出ます。この曲でも「チャーリー・クリスチャンじゃないか？」と思う瞬間が何度かあります。レイ・ブラウンの歌うようなソロに続いて4バースでシェリー・マンのドラムもよく歌っています。</p>
<p>B-1. Don't Worry 'bout Me<br />
中盤ででてくるレイのベースソロが力強く音もよく捉えられています。</p>
<p>B-2. On Green Dolphin Street<br />
独特のコード進行を持っているのでモダンジャズでよく取り上げられます。シェリー・マンがバッキングのドラムでものすごく歌って、ケッセルとの息もぴったり。レイのソロも冴えています。ビル・エバンス?スコット・ラファロになって確立するインタープレイとはまた違いますが、トリオといってもここでは3人対等なのがスリリング。</p>
<p>B-3. You Go to My Head<br />
バラードですが、テーマからアドリブまで、ギターとベースのインタープレイで進みます。これもレイ・ブラウンの実力を感じさせる演奏になっています。</p>
<p>B-4. Minor Mood<br />
ケッセルのオリジナル。文字通りマイナーキーのハードバップ的な曲です。ここではギターとベースが4バースをやります。</p>
<p>B-5. Nagasaki<br />
ずいぶん古い曲でベニー・グッドマンも演奏していました。かなりのアップテンポでケッセルのテクが全開です。</p>
<p>今回じっくり聴きなおしてみて、これはギターをやる人はもちろん、ジャズベースを目指す人にもうってつけのお手本だと思いました。ウォーキング、ソロ、あるいはメロディー楽器とのインタープレイなど様々なアイデアが詰まっています。そして、タイプはちょっと古いですがよく歌うドラムの魅力も忘れられません。</p>
<p>ジャケットはPoll (投票)　Winnersがpole (棒くい) を持っているという洒落です。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B000NO299S&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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		<item>
		<title>Geri Allen: In the Year of the Dragon (JMT)</title>
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		<pubDate>Mon, 16 Jul 2007 11:42:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[Allen, Geri]]></category>
		<category><![CDATA[Haden, Charlie]]></category>
		<category><![CDATA[piano]]></category>

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		<description><![CDATA[人間というものは（と、志ん生は開口一番よく言っていましたが）わがままなもので、キップ・ハンラハンの項目で書いたように、「ごりごりの4ビートに飽きた」と言ったかと思えば、今度は「ゴリゴリのピアノトリオないか]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://jazz.fukao.info/img/geriallen.jpg' class="jack" alt='in the year of the dragon' /></p>
<p>人間というものは（と、志ん生は開口一番よく言っていましたが）わがままなもので、キップ・ハンラハンの項目で書いたように、「ごりごりの4ビートに飽きた」と言ったかと思えば、今度は「ゴリゴリのピアノトリオないかな？でも、バド・パウエルとかバリー・ハリスじゃなくて、もっと現代性の強いの」などと言い始める。そんな気分になった時にちょうど見つけたのがジュリ・アレンです。4ビートファンの間では<em>Segments</em>が人気だけれど、これ今手に入らないんですよね。ということで昨年Amazonで買ったCDがこれ。メンツもジュリ・アレン(p)、チャーリー・ヘイデン(b)、ポール・モチアン(ds)と『セグメンツ』と同じです。</p>
<p>ジュリ・アレンというとブルックリン派とかM-Baseとか言い出して、とにかく小難しい感じがするので避けていたのですが、たまに行く八王子『ロマン』のマスターが昼は絶品「煮カツサンド」を作りつつ、夜はブルックリン派のアルティストとして演奏しているのを聴き、M-Baseにも興味を持つようになりました。また、このアルバムや上の『セグメンツ』に代表されるようなバップファンにも違和感なく受け入れられるアルバムもあります。私もゴリゴリ守旧派抵抗勢力的バップファンなのでその点は太鼓判です。</p>
<p>1曲目がいきなりバド・パウエルの曲です。これを聴いて思うのですが、やっぱりジャズの魅力は4ビートのバップ、そこに現代のフレーヴァーがちょっとかかっているぐらいではないでしょうか？2曲目の"For John Malachi"はジュリ本人の曲ですがなかなかいいバラードです。3曲目はゲストとしてケーナという竹笛が入っています。吹いているJuan Lazoro Mendokasという人物の曲。なんかバド・パウエルの"Glass Enclosure"みたいです。</p>
<p>ベーシストやドラマーにはいい曲を作る人が多いと以前に書きましたが、ここでも乗りのよい4曲目の"See You at Per Tutti's"、そして超有名な8曲目の"First Song"がチャーリー・ヘイデンの曲です。4曲目では自分の曲らしくベースソロを延々とっていますが乗りがよいので飽きません。いっぽうドラムのモチアンの曲が5曲目と9曲目。5曲目の"Last Call"ではやはりモチアン本人がバシャバシャ叩いています。ポール・ブレイとかにありそうな感じです。6曲目は再びジュリの曲ですが、最初に続くベース・ソロが一分ぐらい続くので、ほかの事を考えていたりします。演奏としては一番現代的というかムズカシ的です。テンポも途中で変わったりしてブリリアント・コーナーズを髣髴とさせる演奏です。むしろ分かりやすいのが7曲目の"Invisible"、オーネットの作品です。8曲目の"First Song"ではメロディーに絡みながらのベースがやはりいい。同じように9曲目でタイトル曲の"In the Year of the Dragon"もテーマやソロに果敢に絡んでくるモチアンが（ちょっとうるさい気もしますが）いけています。</p>
<p>ちなみにJMTのこのジャケットは色気がないこと夥しいんだけれど、このシリーズはM-Base派の名作を復刻していて、私はこれでスティーブ・コールマンやカサンドラ姐さんの旧作を手に入れました。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B00006HAQE&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
<p><del datetime="2007-07-18T12:31:10+00:00">なお、Wordpressにはカスタムフィールドという項目があって、これを使うと曲目が表示できそうなので、試験的にやってみます。シングルポスト（この記事だけの表示）のときに下に出るようにしてみました。</del></p>
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	</item>
		<item>
		<title>Charles Mingus: Cumbia &amp; Jazz Fusion (Atlantic)</title>
		<link>http://jazz.fukao.info/2007/06/2356.php</link>
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		<pubDate>Sat, 23 Jun 2007 11:07:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[bass]]></category>
		<category><![CDATA[Mingus, Charles]]></category>

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		<description><![CDATA[このアルバムについても以前ブログの記事で取上げましたが、長年探していたものです。現在、リンク先のamazonでは中古で5,000円以上取っているようです。このアルバムが録音されたのが'76年なので、'77年発売と考えても私がジャズを聴き]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src='http://jazz.fukao.info/img/kumbia.jpg' class='jack' alt='Cumbia &#038; Jazz Fusion' /></p>
<p>このアルバムについても以前<a href="http://fukao.info/2007/03/05100.php">ブログの記事</a>で取上げましたが、長年探していたものです。現在、リンク先のamazonでは中古で5,000円以上取っているようです。このアルバムが録音されたのが'76年なので、'77年発売と考えても私がジャズを聴き始める少し前のことになりますが、聴き始めた頃も雑誌などでよく取上げられたり広告ページに載っていたように記憶しています。しかし、このタイトルが良くない。当時猖獗を極めていたフュージョンという言葉がタイトルにそのまま入っているので、どうしたって「ああ、フュージョンか、またか」という気分になるわけです。結局手を出さないまま月日は流れ、ある時購入したスイングジャーナルの増刊号でこのアルバムが強力に推薦されているのを目の当たりにして、己の先入観と不明を恥じ、アルバム探索に邁進しはじめたわけです。嘘です。本当は「見つけたら買っておこう」ぐらいに頭の隅においておいたんですがね。たまに覗きにいくヨネザワ商会で売られていたので購入しました。したがってLPです。</p>
<p>このアルバムはA面B面ともに1曲だけ入っていて、その1曲がそれぞれ20分を超える演奏になっているわけです。<br />
A面はタイトル曲"Cumbia &amp; Jazz Fusion"。Cumbiaとはコロンビアのことですが、同時にコロンビア生まれの音楽というかビートを指し、当然ながらラテンリズムです。冒頭、いきなり鳥の鳴き声が聞こえてきます。この時点でミンガスの「悪しき具象性」を思い出して不安が一瞬頭をよぎります。のどかなラテンリズムに乗って、ミニマルフレーズを畳み掛けるようにオーボエが演奏しますが、オーネット･コールマンの『ダンシン･イン・ユア･ヘッド』ほどしつこく畳み掛けないし、メロディーのスパンも長めで変化に富んでいます。やがてミンガスの掛け声が入り、リズムだけになった後ソプラノやバスーン、トランペットなどがベースのリフレインフレーズの上で演奏されますが、まだテーマです。この辺はフレーズをみんなでコールアンドレスポンスしている仕様となっています。</p>
<p>そして一転、のどかな中南米の雰囲気を破るように都会的なアンサンブルが始まり、まずはトランペットが先ほどのテーマフレーズを徐々に解体して、「ジャズ」にしていきます。このペットはジャック･ウォーラス。続いて同じ手法でテナーがアラビックなスケールや重音、フラジオを駆使しつつテーマを変容させていきます。そして、再びアンサンブルを打ち出した後は、4ビートでテナーが存分に「ジャズのアドリブ」をしてくれますが、この開放感！その後テンポを落として、ペット主導のメロディアスなアンサンブルになるのですが、ここははっきりいってエリントン色全開です。この後フリーなピアノソロを経て出てくるトランペットとアンサンブルもエリントンのジャングルスタイルの現代版という感じですが、かなりいいです。トロンボーンのジミー･ネッパーがワーワー言わしています。このあたり、ずーっとミンガスのベースが高鳴りをしていて、それが演奏全体の推力になっています。私は上のアンサンブルから、この辺りまでがこの曲で一番好きな部分です。やはり4ビート主義者なのかもしれません。</p>
<p>次にドラムのダニー・リッチモンドを中心としたパーカッションの出番になります。パーソネルを見ると3人もパーカッションがいてどれがどれだか区別つきませんが、わりと長めの打楽器による交換が行われています。次に、フルートを交えて皆でラップみたいなことを始めます・・・この後、御大のベースソロ。乗っていますね。</p>
<p>この後はフルート中心のアンサンブルを挟みつつ、ボントロ、ピアノ、ベースと流れるように整然とソロを取っていく正調4ビートジャズが続き、最初のコロンビアはどこへ行った？と訊きたくなるほどニューヨークの雰囲気を保ったままエンディングを迎えます。このことについてミンガスはこう述べているそうです。</p>
<blockquote><p>コロンビアでは山に住むインディオは貧しく、時々街におりてきては金持ちたちの唄をうたう。なにももたないこと、もちすぎていることの違いをうたった唄だ。それがわたしをとらえて、アメリカのゲットーに思いを馳せさせた。というのは、ゲットの黒人たちだって、金はないからね。それに、彼らだって望んでいるんだ、わたしがうたうような"人生のいいものをすべて"。</p></blockquote>
<p>もっとも、ミンガスの発言には耳を塞いだほうが、その音楽が良く見えてくるという側面が大きいのですけれど。しかし、こうも多彩に、そしてめまぐるしくテクチュアリティーが変化する曲を、変化に従って記述するのはくたびれますね。しかも切断の仕方が時に唐突過ぎて「そこでかい!?」という気分にもさせられます。ですが単なるキレイゴトに終わらないこれは、やはり本当の名演奏です。</p>
<p>B面の"Music for 'Todo Modo'"は『トド･モード』という映画のための音楽のようですが、私はその映画を知りません。曲の構成は、ムード的なスローテンポから速めの4ビート、そしてまたスローと変化はしますが、多彩さとテクチュアリティーの変化という点ではA面ほどではありません。しかしA面のように、何度か聴くと疲れるほど変化の激しい曲に対して、B面はむしろ聴けば聴くほど味の出てくるような美しくてロマンティックな演奏となっています。こちらのほうが安心して聴けますね。</p>
<p>いずれにせよ、これがずっと廃盤のままであるというのもまた、大きな損失だと思います。これもやはり権利関係のややこしさが原因なのでしょうか?しかし、アトランティックのミンガスといえば『直立猿人』をはじめ色々再発されているような気がしますが。再発を強く望みます。</p>
<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=fukao-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as1&#038;asins=B0000033DN&#038;fc1=000000&#038;IS2=1&#038;lt1=_blank&#038;lc1=0000FF&#038;bc1=000000&#038;bg1=FFFFFF&#038;f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
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		<title>Charlie Haden &amp; Pat Metheny: Beyond The Missouri Sky (Verve)</title>
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		<pubDate>Fri, 16 Jun 2006 00:45:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[bass]]></category>
		<category><![CDATA[guitar]]></category>
		<category><![CDATA[Haden, Charlie]]></category>
		<category><![CDATA[Metheny, Pat]]></category>

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		<description><![CDATA[梅雨の天気は嫌いではなく、家で過ごせるならばむしろ好きな天気です。こういうシトシトと雨の降る日はコーヒーでも淹れて、家でゆっくりとジャズを聴くのが楽しいわけです。私は「雨と来れば、ギター」となぜか昔から]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/img/missouri.jpg" class="jack" alt="missouri" /><br />
梅雨の天気は嫌いではなく、家で過ごせるならばむしろ好きな天気です。こういうシトシトと雨の降る日はコーヒーでも淹れて、家でゆっくりとジャズを聴くのが楽しいわけです。私は「雨と来れば、ギター」となぜか昔から思っていて、雨降りの日はしっとりしたジャズギターを聴きます。</p>
<p>このアルバムは邦題が『ミズーリの空高く』というもので、ジャケットもアメリカ中西部の突き抜けるような夕空の写真があしらわれていて、どう見ても日本の梅雨時期の雨の昼間に似合うような感じではないんだけれど、これが合うんですね。ギターのメセニーとベースのチャーリー・ヘイデンのデュオで、しっとりとした曲が続きます。続きすぎて、というより同じようなテンポの曲が延々続くので、「最後まで聴き通したことがない、いつも途中で眠ってしまう」と言っている人がいましたが、まったくです。同じような曲想が並んでいるので、これは一枚で一曲と考えたほうがいいでしょう（笑）。ギターはアコギを使っていますが、これもシットリ系、癒し系のイキフンを増す要因になっていますね。</p>
<p>雨降りの日は外が若干静かです。おまけに管や太鼓が入っていないので、メセニーもさることながらヘイデンのベースがよく聞こえます。寺島さんによると、ヘイデンは「下がるベース」だそうです。つまり、音域の低いほうに下がっていくベース。こういうタイプのベースは管や太鼓で派手にやられるとあまり聞こえなくなるんですね。特に家庭でボリュームを下げ気味にして聞く場合など、ほとんど聞こえない。ところが、デュオで、おまけに同じ弦のギター相手のため、このアルバムではベースがはっきり聞こえます。深夜、ボリュームを下げてもくっきりと聞こえます（私の場合は雨の昼間ですが）。</p>
<p>また、こういう編成だと、両者ともツマハジキ系なので音の持続時間が管に比べて相対的に短く、どうしても音にスキマが出来てしまう。ところが、このスキマ処理が二人とも非常に上手い。いわばスキマすら歌っている、クラシック音楽的に言えば「休符で歌う」感じです。そのため、全体としては静かな音楽なのですが、間の抜けたところがない、間を抜いていないんですね。この辺は、もう二人の音楽性、あるいは音楽力の高さに帰するべき問題だと思います。</p>
<p>この梅雨、いつまで続くか分かりませんが、今年もこれを聴いて梅雨空を堪能しようと思っています。</p>
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		<title>Charles Mingus: Pithecanthropus Erectus (Atlantic)</title>
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		<pubDate>Fri, 26 May 2006 11:44:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>G坂</dc:creator>
				<category><![CDATA[bass]]></category>
		<category><![CDATA[Mingus, Charles]]></category>

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		<description><![CDATA[1956 Series (1) 1956年は「モダンジャズの当たり年」といわれていますが、これは何よりもまず、次の４作品が誕生した年だからだと思います。それは、ミンガスのPithecanthorpus Electus (『直立猿人』)、ロリンズのSaxophone Colossus、 マイルスの『プレスティッジ・マラソンセッション]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>1956 Series (1)</strong></p>
<p>1956年は「モダンジャズの当たり年」といわれていますが、これは何よりもまず、次の４作品が誕生した年だからだと思います。それは、ミンガスの<em>Pithecanthorpus Electus</em> (『直立猿人』)、ロリンズの<em>Saxophone Colossus</em>、 マイルスの『プレスティッジ・マラソンセッション』、モンクの<em>Brilliant Corners</em> です。この４作品を頂点として、この年ジャズ界では前代未聞といっていいほどの傑作か次から次へと量産されていきます。来年は2006年。ちょうど５０年目になりますから、一度ここで56年の傑作についてまとめてみようと思います。</p>
<p><img src="http://fukao.info/img/pitecos.jpeg" class="jack" alt="pithecanthropus" /><br />
第一回目はチャールズ・ミンガスの『直立猿人』、1-30の録音です。ミンガスという人は「怒りのミンガス」などとあだ名を付けられているように、いつも何かについて怒っているという印象があります。メインの対象は人種差別ですが、そのほか環境問題やジャズ・ビジネス、他のプレイヤーの姿勢などとにかく何かにつけて怒っている感じがするんですね。だから聴いていると暑苦しいし鬱陶しい、どっか余所でやってよといいたくなるような演奏も多い。その「怒りのミンガス」第１作目が『直立猿人』だと言われていますが、ここではまだ怒りそのものをぶつけているのではなく、ともかくも音楽に昇華しているので聞いていて鬱陶しいという程ではありません。いや、具象的なものと抽象的なものとの配分、組織的なものと非組織的なものとの融合、個人のソロとグループ表現とのバランスという点で、きわめてすぐれた作品だと思います。エリントン的なんですね。モダンジャズ化されたエリントンとでも言いましょうか。</p>
<p>タイトル曲の "Pithecanthropus Erectus"。一応４楽章の構成になっているようで「進化」?「優越感」?「衰退」?「滅亡」という表題がつけられていますが、あまり気にしないことです。この演奏の醍醐味はミンガスの推進力を持ったベースの元に叙情的なソロと混沌とした集団即興演奏が交差し、一つの雰囲気を作り上げているところであって、ミンガスの歴史観ではないのですから。とくに後半にいたってマクリーンのアルトとモンテローズのテナーが通常のフォームを逸脱して先鋭的なサウンドを発散させていくところは、後のフリージャズの先駆けとなるような、それでいてプリミティブなサウンドに先祖返りしているような独特の雰囲気を生み出しています。</p>
<p>２曲目 "A Foggy Day" はガーシュインのスタンダードですが、描写音楽で街の雑踏（ロンドンか？）を再現するイントロから始まります。テーマ、アドリブに入ってもバックで警笛の音や交通整理の笛の音などが合間に挟まれて独特の演奏となっています。しかし、この曲でもっとも魅力があるのは、ミンガスのベース（バックでもソロでも）で、非常に力強く演奏全体を推進させています。イメージとしてはジミー・ブラントンがいた頃のエリントン・オーケストラのようです。３曲目の "Profile of Jackie" はタイトルが示すとおり、ジャッキー・マクリーンのアルトを大きくフィーチャーしたバラードです。しかし、ここでも単なるバラード演奏に終わらずわずかですが集団即興演奏の要素が含まれています。</p>
<p>「直立猿人」ほど複雑な構造にせず、自由なソロのスペースを増やしたのが最後の曲 "Love Chant" です。最初聴いたときは、「ラブ・チャント」のほうが好きでした。「直立猿人」のほうは少しシバリがきつく、プレイヤーも伸び伸びしていないように感じたからです。しかし、ずっと聴いていくにつれてテーマとソロの有機的な結びつきという点ではやはり「直立猿人」の方が一段すぐれていると思えるようになってきました。</p>
<p>ビバップから一歩前進して、アルバム全体としての統一感やテーマとソロの結びつき、グループ表現などを重視する演奏が徐々に増えてくるのはこのころからだと思います。この方向でミンガスが進んでいけば良かったのですが、彼には噛みつかなければならない対象が多すぎました。このアルバムのあと、徐々に戦闘的になっていき、人種問題のプロパガンダのような理屈っぽいアルバムが増えていったのは残念なことです。しかし、そのサウンドはエリントン?モンクのようにオリジナルなものであり、彼の名曲 "Goodbye Pork Pie Hat" (<em>Mingus Ah Um</em> 収録）がマーカス・ミラーによって取り上げられ最近リバイバルしました。</p>
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